ryomiyagi
2020/10/22
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2020/10/22
※本稿は、山田昌弘『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
同じように近代化し、現代ではグローバル化を経験しつつある国々とはいえ、家族に関する意識、価値観に関しては、日本と欧米諸国とでは大きく異なる点がある。
多くの欧米諸国にあって日本にないもの、その第一のものは、「若者の自立志向」である。
これは、じつは、福沢諭吉が明治時代に、西洋にあって「東洋になきものは、有形に於いて数理学(統計学のこと)と、無形に於いて独立心と此の二点である」(『福翁自伝』)とすでに指摘していたことである。だから、福沢は、ことあるごとに、日本人に自立心を持てと叱咤激励したのである。
しかし、経済領域はともかく、こと家族領域に関しては、福沢のすすめはあまり効果がなかったようだ。
私は、約20年前、「パラサイト・シングル(中国語訳「寄生独身者」)」という概念を作った(1997年2月8日の『日本経済新聞』夕刊)。
そこで強調したかったのは、欧米先進国(南欧を除く)では、学卒後、男女とも親の家を出て自立して生活するのが一般的だが、日本(そして、東アジア諸国や南欧)では、結婚までは親と同居して親に頼るのが当然という傾向があるという点である(『パラサイト・シングルの時代』ちくま新書、1999年、参照)。
そして、日本では、子の自立志向は弱く、特に女性(娘)の自立は不要との意識が、親の方にも本人にも強い。自立が不要どころではなく、結婚前の未婚女性が親元から離れて暮らすことは、よくないことと考える人もまだ多い(「よくない」の中身は、身体的に危険であるという意味と、未婚女性が1人で暮らすのは、「はしたない」――つまり、よい家のお嬢様であれば箱入り娘であるべき、といった象徴的意味がある)。
現実に、日本では、18~34歳の未婚者の約75%が親と同居している(『出生動向基本調査』2015年)。特に、未婚女性の親同居率が高い(78・2%)。自分の収入が低くても、親が基本的生活条件を提供しているので、それなりの生活を送ることが可能である。
また、たとえ本人が自立できる収入があっても、自立が求められないので、親元に留まって、母親に家事を任せながら、収入の大部分を小遣い(近年は貯金)に充てる生活が可能である。
これが、私が言おうとした本来のパラサイト・シングル、親に基本的生活条件を依存して生活を楽しむ独身者の本来の意味である。
親からの自立が不要という意識の結果、生じる「パラサイト・シングル現象」が、日本の少子化の一因であり、欧米型の少子化対策が効果をあげない1つの理由なのだ。
南欧を除く欧米先進国では、成人すれば、親元を離れることが原則である。男性だけでなく、女性にも経済的に自立することが求められる。成人後も理由なく親と同居し続けることは、親離れしていない証拠と見なされ、周りからよく思われない。一人前に扱ってもらえないのである。
欧米でも、日本と同じく若者の収入は低く、日本に比べ、失業率も相当高い。そんな中、親元を出て自立して生活する必要に迫られる。その時、誰かと一緒に住むことは、1人暮らしに比べ、経済的に合理的な手段となる。1人あたりの住居費や光熱費が節約できるのである。欧米では若者のシェアハウス居住が多いのもその理由からである。
そして、同じ一緒に住むなら、好きな相手と住む方がよいに決まっている。2人の収入を合わせれば1人暮らしよりよい生活ができる。その結果、同棲が増える。同棲しているうちに子どもが生まれる。その結果、出生率が上がるという仕組みである。(日本でも、50年前の高度成長期は、地方から出てきた若者の1人暮らしや寮生活者が多数存在したため、結婚が早かったのではないかと推察される。)
つまり、欧米では、親に依存できないため、結婚や同棲は、1人暮らしに比べれば、経済的に楽になる手段となる。もちろん、子どもが生まれれば、子育てに時間やお金が取られるために生活水準が低下する。だから、そこに社会保障で若者の子育て生活を経済的に支援すれば、出生率が高まる。
それに対し、日本では、親の家を出て新しい生活を始めることは、経済的に苦しくなるケースがほとんどだろう。生活水準が低下することを避けるためには、親と同居し続け、1人暮らしをしないことがもっとも合理的な選択となる。
すると、同棲や結婚の機会が減る。そして、その前提となる男女交際も控える。同棲も結婚も男女交際もしなければ、子どもが生まれるはずはない。「成人後も親と同居するのが当然という文化」が、未婚化、少子化に影響していることは否めない。
日本では、未婚者に対して、親元を離れて自立しろという圧力が弱い。この自立志向の弱さが未婚化の大きな要因なのである。
そして、福沢諭吉が「東洋にないもの」と正しく指摘しているように、このロジックは中国や韓国など東アジア諸国にもあてはまる。
余談を挟もう。日本人なら誰でも知っている大人気コミック、アニメに『ドラえもん』がある。これは、中国など東アジアで大人気だが、欧米での人気は低い。
その理由の1つが、主人公・のび太の「自立志向の弱さ」にある。
のび太は、何か困ったことがあると、すぐにドラえもんに頼ってしまう。日本や東アジア諸国では、「困ったことがあれば親族(ドラえもんは、未来ののび太の子孫が送ってきたロボットである)に頼ってもかまわない」という文化的背景が、ドラえもんを流行らせているのだが、自立を奨励する意識が強い欧米では、むしろ非難の対象となることがあるのだ。
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