内澤旬子の島へんろの記(7)集落に、一歩入るとラビリンス
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ryomiyagi

2020/12/30

四国の中の、香川の中の、さらには小豆島だけで88箇所の札所があることを知っていますか?島に移住して6年目の内澤旬子さんが、いつかはやりたいと思っていた島へんろに挑戦。ヤギ飼いのため長期間留守にはできず、半日単位でコツコツと札所を回る「区切り打ち」。迷い、歩き、また迷い…‥。結願するまでの約2年を描いたお遍路エッセイ『内澤旬子の島へんろの記』の一部を、数回にわたって掲載します。

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写真提供/大林慈空

 

 朝の八時から歩きはじめて午前四つに午後五つ。小豆島を牛の形になぞらえると、前島というのは頭の部分にあたる。ほとんどが平らな海岸線で、途中なだらかな傾斜はあったけれど、辛いと感じることはなかった。むしろ、私の場合は、しゃべりながら歩くことが難しかった。息継ぎができなくなった。ふう。黙って歩くほうがリズムもとりやすいし、深い呼吸もできると思うのだが、本当にみなさんよくしゃべる。エンドレスにしゃべる。私もはじめのうちはおしゃべりに参加してみたけれど、息が苦しくなり止めた。

 

 昼過ぎに霊場会で授戒という儀式をしていただいたのだが、昼食のカレーを食べ残すのが悪くて三杯もお代わりしてしまったこともあり、猛烈な眠気がさしてしまったことをここに震えながら告白する。何をしていただいたかの記憶が、ない……。
 しかしその後は元気をとり戻し、夕刻に本覚寺でしていただいた護摩祈禱は、よく覚えている。大きな身体のご住職が、全身全霊をもって祈禱してくださった。私たちも般若心経を一所懸命大きな声で唱えた。「本来は経文など見ずに暗唱すべきもので……」と御住職からお小言をいただいたが、それでも頑張った。

 

 驚いたのは、終わった後のことだ。最初に声をかけてくださった二人のマダムが、「なんだか腰が軽くなったみたい」「私も肩がすっきり……」と語り合っているではないか。この二人、たぶん私と同世代。おひとりは般若心経を暗唱していらしたから、それなりの信心があるのかもしれない。とはいえ、そんなに素直に御利益を感じるものなんですか。
 いま七十代以上の方ならば、わかる。けれど曲がりなりにも、我らバブル世代。しかもちょっと伺ったところでは島の生まれではなく、外から嫁いできているとのこと。うーむ。私がひねくれすぎているのか。そもそもお遍路に来てお願いすることは、難病の快癒が多かったようだ。しかしそれは医学が発達する前の話かと思っていた。

 

 私とて、祈禱してくださったことへの敬意や感謝の気持ちは大いに持っている。のだけれど、これで具体的な困難を回避できる、解決できると思っているのかというと、少し違う。祈りは、私の中であくまでも、人智で変更不可能な領域に語りかけるものではあるのだが、そこですぐ現実に物理的な変化をもたらすことが可能かというと、そこまでは期待していない。そこの柵は、堅固にして崩れそうに、ない。
 彼女たちは――もしかしたら他の参加者の女性たちも――しゃべってばかりだったかもしれないけれど、非常に柔軟に、祈禱を、礼拝を受け止めているのかもしれない。

 

内海湾に沈む夕陽

 

「女子へんろ」は、小豆島で遍路体験してみたい人にとって、とてもありがたい企画だった。参加して助かった。ただし、これからひとり立ちして回ることを前提に参加してみると、ちょっぴり過保護とも思う。あまりいろいろと居心地よく用意してもらってしまうと、ひとりで回る時のギャップを考えてしまう。
 ひとりでふらりと訪れる巡礼者にお接待がふるまわれることは、きっとほとんどないと考えておいたほうが良い。親切なショウドシマ クリエイティブの若者たちもいないし。庵主さんがいるところでお茶を出してくださったらラッキーなのかも。飲食店は基本的にないから、コンビニか自作で昼食を用意するべきだろうし。歩いてみた感じでは、自動販売機だけはたくさんあった。全部稼働している。水筒を持っていくとしたら、小さめのもので大丈夫。足りなくなれば買えばいい。
 一番の心配は、道だ。海沿いの道などは迷いようがないのだが、集落に一歩入るとラビリンス、というところが結構あった。え、ここを歩いていくの? 人の家の裏口じゃないの? と思うこともしばしば。案内板もあるのだが、少ない。みんなと一緒に歩いていれば迷う心配はないけれど、ひとりだったら、たぶん地図を持っていても迷うだろう。どうしようか。いやそれより、一回にどれくらいずつ回ろうか。

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