「山奥ニート」のリアル#1 なぜ僕らは山奥でひきこもるのか
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和歌山県の限界集落で集団生活を営む「山奥ニート」。
集落のお爺さんやお婆さんのお手伝いなどをしてお小遣いを稼ぎ、なるべく働かずに生きていくことを実現した彼らの暮らしを、『「山奥ニート」やってます。』(石井あらた著・光文社)から全12回にわたって紹介します。

 

山奥に暮らしてるって言うと、どうもみんな江戸時代の農民みたいな生活をしてると想像するらしい。

 

期待に添えなくて申し訳ないけど、僕らの生活はそのへんの地方都市より都会的だ。この21世紀の発展した文明に大いに頼っている。

 

もし江戸時代だったら、僕らみたいな怠け者は山奥じゃ暮らせない。

 

昔は毎日、川や井戸から水を汲まなきゃならなかったし、何かを売り買いするにも徒歩で何日も歩いて山を越えなきゃいけない。

 

年貢の取り立ては厳しいし、天候不良はそのまま飢餓へ繋がる。

 

それに、いつも同じもの食べて、同じ人と会話して、娯楽がろくにない生活なんて耐えられない。

 

この百年の間に、人間の暮らしはずいぶん便利になった。

 

たとえ山あいの集落でも、ポンプで汲み上げた水がホースを通って蛇口から出る。

 

自動車に乗れば、歩けない人だって一日に何百kmも移動できる。

 

中でも大きいのは通信の発達だ。電話にメールにブロードバンド。

 

「田舎の学問より京の昼寝」なんてことわざがあったのも、今は昔。

 

都会と田舎の差は、ずっと小さなものになった。

 

僕が、今この瞬間の山奥の空模様を写真に収めてアップロードすれば、それは光の速度で伝わって、世界のどこでもそれを見ることができる。

 

今どこにいるか、ということは前ほど重要じゃなくなった。

 

それに、僕はニートでひきこもりだから、外に出ることなんてほとんどない。

 

山奥でひきこもってても、都会でひきこもってても、おんなじだ。

 

まぁ、読者諸兄にとっては、そもそもひきこもりがどんな日常を送っているの

 

か想像がつかない人もいるかもしれない。

 

まずは山奥ニートの一般的な一日を紹介しよう。

 

 

山奥ニートの一日は、午前11 時くらいから始まる。

 

午前中はほとんどの山奥ニートたちにとって、就寝時間である。

 

大半の山奥ニートたちはこの時間、じっとりと湿った、腐葉土のような布団の中にいる。

 

布団の多くは古民家に眠っていたのをもらった。かつて、田植えや収穫のため集まった親戚をもてなすための布団だったのかもしれないが、今は惰眠を貪るニートを抱きしめて離さない。

 

起きたらまず、リビングへ行く。

 

このリビング、学校の教室ほどの広さがある。

 

というのも、この建物はもともと小学校の分校だったのだ。

 

いろいろあってリフォームされたのち、現在は15人の山奥ニートが住みついている。

 

昼の食事はスパゲティであることが多い。

 

田舎に移住する人の多くは、マクロビオティックだったり、ベジタリアンだったり、食べるものに気を遣う。

 

山奥ニートはそうではない。

 

基本的に山奥ニートは、山奥成分が3割、ニート成分が7割だと認識してもらいたい。

 

だから、がっつり炭水化物を食べる。とはいえ、一般的なひとり暮らしよりは野菜も肉も食べていると思う。

 

100%自炊だからだ。近くに外食できる店がないから、自分たちで用意しなきゃ何も食べられない。

 

スパゲティは、アマゾンから送られてきたものであることが多い。スパゲティを自分たちのお金で買うことはほとんどない。ブログや生放送を見た人が、支援のため送ってくれたものだ。

 

1kg20円という驚くべき安さの外国製スパゲティを、自分たちの畑で採れたにんにく・唐辛子と合わせてペペロンチーノにする。

 

気が向けば、リビングにいる他の山奥ニートの分も作る。

 

料理を作ってもらった人は、洗い物をするのが暗黙のルールになっている。誰が決めたわけでもなく、なんとなく、そういう感じになった。

 

朝食とも昼食ともつかない食事を終えると、ギターを弾いたり、鶏を散歩させたり、洗濯機を回したり、なんとなくで日中を過ごしてしまう。

 

畑に行って水をやったり、家の改修工事をしたりする人もいる。別に強制ではないので、それだって単に暇つぶしにやっているだけだ。

 

日が傾くと、誰かが晩ごはんを作り始める。

 

当番は決まっていない。作りたい人が、全員分作る。

 

全員が料理したくないという夜もある。そういうときは各自で食事をとるが、数ヶ月に一度あるかどうかだ。

 

晩ごはんが完成すると、グループチャットで報せを送る。

 

食事の時間も決まっていない。

 

ゲームに夢中で、深夜になるまで部屋から出てこない人もいる。

 

晩ごはんを食べにリビングに来た人は、そのまま酒を飲んだり、一緒に映画を見たり、ボードゲームで遊んだり、好きにする。

 

話したくない気分の人は、自分の部屋に帰る。

 

そんなだから、同じ屋根の下に住んでいながら、何日も顔を合わせないこともある。

 

風呂はシャワーだけで済ますのがほとんどだ。同じ湯に順番に浸かるほど、親しい間柄ではない。夜は順番待ちになるから、日が高いうちに済ませてしまう人が多い。どうせ運動なんかしないんだから、いつ入っても大して変わらない。

 

眠りに入るのはだいたい深夜3時くらい。といっても、朝起きる予定がないから、何時に寝るかなんてどうでもいい。

 

リビングで夜通し猥談にふけることもあるし、ひとりで漫画を読んでいるうちに朝になっていることもある。

 

見ようによってはこの上なく堕落した生活。

 

でも競争相手もいなければ、管理する者もいないユートピア。

 

山奥ニートの一日は、沢から引く水が庭の手洗い桶に流れる音を聞きながら布団に入って終わる。

 

明日の予定も、何ひとつない。起きてから決めよう。

 

 

これが何もないときの一日。

 

だけど、山奥での集団生活では、何もない日のほうが珍しい。

 

よく晴れた夏の日は、川へ行って泳ぐ。

 

話題の映画のネット配信が始まると、プロジェクターを用意して映画上映会。

 

対戦ゲームが大流行して、徹夜で遊び続ける。

 

台風によって停電になり、暗闇の中ボードゲームをする。

 

大事にしていた鶏がイタチに襲われて、悲しみながら墓を作る。

 

から揚げを何kgも揚げて、お腹がはち切れるくらい食べまくる。

 

山奥に住んでから5年。

 

今や、同居人は15人に増えた。

 

15人もいると、どんなことだってイベントになる。

 

歳を取るほど一年が早く過ぎるというけど、あれは嘘だ。

 

ここでの5年は、僕にとっては小学生のときと同じ密度だ。

 

山奥だし、ニートだけど、全然退屈しない。

 

もし、退屈しそうだったら集落を一周すればいい。

 

500mも歩かないうちに僕を呼ぶ声がする。

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「山奥ニート」やってます。

「山奥ニート」やってます。

石井 あらた

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