激しい恋でなくてもいい。たまに会ったりするだけでも人生は変わる|辻仁成さん『十年後の恋』
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ryomiyagi

2021/02/20

(C)集英社

 

『女性自身』の連載「JINSEIのスパイス!」が大人気の芥川賞作家でありミュージシャンの辻仁成さん。新作はコロナ禍のパリを舞台に描く大人の恋の物語です。「読み終えた後に一筋の光を届けたかった」と辻さん。“恋なんてムリ! もうしない”と思っているあなたにこそお勧めする一冊です。

 

自分を大事に生きていれば、いろんな幸福が待っているかもしれないのです

 

十年後の恋
集英社

 

 作家、ミュージシャン、詩人、映画監督と八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍をしている辻仁成さんの新作『十年後の恋』は離婚後、十年ぶりに恋をするアラフォー女性の物語です。

 

 舞台はコロナ禍のパリ。両親が日本人で、フランスで生まれ育ったマリエは、離婚後に映画製作会社でプロデューサーとして働きながら2人の娘たちを育てていました。そんなマリエはパーティで投資グループを主宰するアンリ・フィリップと出会い、彼の強い存在感と掴みどころのないミステリアスな雰囲気に引かれていきます。ある日、マリエは脚本家・ソフィーとアンリの3人で食事をすることに。アンリは汚水を浄化させる化石をイギリス政府に売り込んでいることや自分が書いた映画シナリオを持参して意見を聞きたいなどと話します。彼に猛烈に引かれる自分を意識しながらも“この人は一体何者?”とマリエは心に引っかかるものも感じていたのでした。

 

 辻さんのなかでこの小説の着想を得たのは自身の離婚から5年が過ぎようとしていた’18年のこと。当初は東京の西麻布を舞台に、離婚して子育てに明け暮れていた真理恵が年上の謎だらけの男性と出会い、諦めかけていた恋に再び目覚めるという物語だったそうです。

 

「’19年の暮れには完成したのですが、その直後、パリで中国人の観光客から新型コロナウイルス感染者が出ました。そこからの感染爆発はご存じのとおりですが、小説のリアリティに納得がいかなくなったんです。日本人が主人公でパリが舞台なんて嘘うそっぽいと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、西麻布より20年住んでいるパリを舞台にするほうがよほどリアリティがある。それで’20年1月から舞台をパリに変えて一から書き直しました。時代の空気感、雰囲気、匂いを取り込みながらリアルタイムで新型コロナによるパンデミックの世界を構築しました」

 

 辻さんは当時を振り返りながらゆっくりと言葉を紡ぎます。

 

「僕自身は子育てを10年やって自分は恋愛に向かない体質だと納得していますし、子育てが終わるまでそういう気分にもなれなかったので、ママ友たちに囲まれながら、どちらかというとお母さん的な感じで生きてきた。ですが、こういう時代だからこそ、人間は恋をしていたほうがいいと思うのです。

 

 それと、息子に“パパは友だちとかガールフレンドに会ったりしないのか、このままではおじいちゃんになる”と言われたこともきっかけでした。彼は来年18歳、フランスでは成人になり僕の手を離れます。息子が自立したら僕は1人になるのか、と。それで閉じてしまった心はどう開いたらいいのだろうとも考えました。ですので、マリエのなかに随分自分の気持ちを吹き込んで書き進めました」

 

 アンリの掴(つか)みどころのなさがサスペンス的要素になり、読み進める推進力にもなっています。

 

「コロナで価値観も劇的に変わり厳しい世界になった。それでも人は幸せや希望を探していくことが大事です。20代がするような激しい恋でなくていい。たまに会ったり寄り添ったりする人がいると人生は変わってきます。自分を大事にして生きていれば、いろんな幸福が待っているかもしれないのです」

 

 恋などムリと決めつけるのではなく、何かが変わる瞬間はあることを知り、人生を諦めない──。ラストのマリエの決断にそんなことを感じなんだか嬉しくなります。

 

PROFILE
つじ・ひとなり◎東京都生まれ。’89年「ピアニシモ」で第13回すばる文学賞、’97年「海峡の光」で第116回芥川賞、’99年『白仏』の仏語版Le Bouddhablancでフランスの代表的な文学賞であるフェミナ賞の外国小説賞を日本人として初めて受賞。作家・詩人・ミュージシャン・映画監督と幅広いジャンルで活躍している。著書多数。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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