認知症、がん、LGBTといった社会課題を「笑いながら」考えてみよう――世界を明るく変えていくプロジェクトはこうして生まれた|小国士朗『笑える革命』
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BW_machida

2022/04/29

『笑える革命』
小国士朗/著

 

 

認知症の状態にある方が店員となり、注文をとって配膳するイベント型レストラン「注文をまちがえる料理店」。がんの頭文字Cがつく商品からCを消し、商品の一部をがんの治療研究に寄付する「deleteC」。多様な性の人たちと一緒に温泉につかりながらLGBTのテーマに向きあう「レインボー風呂ジェクト」。本書には、これら全てのプロジェクトを手掛けてきた著者が考える、これからの企画のあり方が記されている。

 

作者はNHKで15年近くディレクターを務めた経緯をもつ。誰もが耳にしたことがある有名ドキュメンタリー番組や社会課題を取りあげた番組を製作してきた企画のプロは、ある出来事をきっかけに「番組を作らないディレクター」を名乗り始めた。絶対に伝えるべきと信じていることを伝えようとしているのに、世間にはなかなか伝わらない。「どれだけ大切なことだったとしても、伝わらないのは、存在しないのと同じ」と考えるようになったことが、企画作りを見直すきっかけになったという。

 

目指すのは、誰もが思わず触れてみたくなるような企画だ。それに触れると「笑えない社会課題の見え方がぐるりと」変わり、あるいは身近なものとして受け止められ、みんなが「自分ごととして考えられるようになる」。著者のプロジェクトは、いつからか「笑える革命」として浸透していく。

 

しかし、社会課題を笑って考えるという姿勢に否定的な人もいるだろう。こうした課題を乗り越えるために欠かせないのが「土台作り」だという。企画のテーマに対する徹底的なリサーチ。プロジェクトを進めていくチームにその道のプロを巻きこむこと。誰かを傷つけてしまわないように、課題に対する理解を深めておくことは欠かせない。また、自分が思い込んでいる「おもしろさ」だけで企画を推し進めないことも重要だ。「現実の中にある、理想をつかむ」ことの大切さを著者は説明する。

 

「なぜ、僕が『注文をまちがえる料理店』をはじめ、ともすれば『不謹慎』と言われるようなプロジェクトを推し進められたかというと、この『現実の中にある、理想の風景』という圧倒的なリアリティを自分の中に持っているからなんです。僕は、この現実の中から見つけた『理想の風景』を一気に拡張したり、ぐいっとずらすイメージで企画を作っていきます。」

 

企画を進めていく際に注意すべき点はほかにもある。リサーチを重ねていくと、次第にテーマに詳しくなっていく自分がいる。すると常識や知ったかぶりの意識のためにマジョリティの感覚が遠のいてしまうことがあるというのだ。

 

「素人の自分が『ん……何これ?』と引っかかる違和感には、かなり多くの人が引っかかってくれるかもしれない。一方、そのテーマにくわしくなってから引っかかる違和感は、世間的にはめちゃくちゃニッチな可能性が高く、マジョリティである多くの素人たちを置いてきぼりにしてしまう確率が高い。」

 

分かってきた「つもり」が一番危ない状態であることを教えてくれたのは、NHKでの番組制作時代のプロデューサーだ。著者は「眉間にしわを寄せて、肩に力を入れて、拳を振り上げて社会を変えることが必要なときもある」と述べた上で、「わっははと笑いながら、気がついたら世界の風景がかきかわっているくらいの感じが好きだ」と語る。認知症、がん、LGBTといった社会課題を「くすり」と笑える見せかたに変えてしまう筆者の手腕には驚かされっぱなしだ。

 

『笑える革命』
小国士朗/著

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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