感染症は人間社会の「病巣」を突く 『最悪の予感』

高井浩章 経済記者

『最悪の予感 パンデミックとの戦い』早川書房
マイケル・ルイス/著 中山宥/翻訳

 

 

当代屈指のベストセラーライターが新型コロナウイルスとの戦いの「隠れた英雄たち」を描く。この時点で勝ったようなもので、面白くないはずがない。

 

徹底的に「人」にフォーカスして、ヒューマンドラマの積み重ねからテーマの全体像を浮かび上がらせる手法は本作でも健在。
米国の保健衛生システムに不案内な読者でも、ホワイトハウスやCDC(感染対策センター)のような中央集権的な組織と各州の多様な自治がせめぎあう複雑な力学がスッと頭に入ってくる。
感染症対策一般や新型コロナを関する知見でも得るところはあるが、読みどころであり、一番教訓になるのは危機管理や意思決定、組織論の部分だろう。

 

読み進むにつれて、抜群の面白さへの興奮と同じくらいの熱量で、理不尽な展開への歯がゆさやいらだちがわいてくる。
筆者の視点が「現場寄り」なのを割り引いても、メンツや保身、手続き優先の政治や官僚組織の意思決定が感染症対策の大敵であると思い知らされる。

 

怒りやいらだちの次に浮かび上がってくるのは、恐怖と諦念だ。

 

脅威を軽視して後手に回る政府・行政のちぐはぐな意思決定、お粗末なコミュニケーションは、日本ときれいに重なる。
人間社会の脆弱さと「病巣」は、本作が抉り出す米国と大差ない。

 

新型コロナとの戦いはなお終わりが見えない。
残念ながら、「今、読まれるべき本」という本書の地位はまだまだ安泰だろう。

 

『最悪の予感 パンデミックとの戦い』早川書房
マイケル・ルイス/著 中山宥/翻訳

この記事を書いた人

高井浩章

-takai-hiroaki-

経済記者

1972年生まれ、愛知県出身。経済記者・デスクとして20年超の経験がある。2016年春から2年、ロンドンに駐在。現在は都内在住。三姉妹の父親で、デビュー作「おカネの教室」は、娘に向けて7年にわたって家庭内連載した小説を改稿したもの。趣味はLEGOとビリヤード。noteで「おカネの教室」の創作秘話や新潮社フォーサイトのマンガコラム連載を無料公開中。

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