拒食症は病気ではなくライフスタイルだと公言する一派「プロアナ」とは?

金杉由美 図書室司書

『太れば世界が終ると思った』扶桑社
キム・アンジェラ/著 高原美絵子/翻訳 西野明奈/翻訳

 

 

本書を読んで初めて「プロアナ」という言葉を知った。
摂食障害による「痩せ」を肯定的にとらえる人たちとその考え方を意味するらしい。
拒食は病気ではなくライフスタイルの一つで、自己コントロール感を獲得するための手段として有効かつ美しい、とプロアナたちは高らかに宣言する。

 

率直に言って不可解だし、嫌悪を感じた。
どんな人たちがそんな歪んだ考え方をするんだろう?
摂食障害がどれほど大変な病気か、わかってないんじゃないの?
危険だし、甘すぎるんじゃないの?

 

本書の著者キム・アンジェラは、二十歳で摂食障害の専門病院を訪れる。
子どもの頃は「あばらちゃん」と呼ばれるくらい痩せていたのに、思春期をむかえて徐々に丸みをおび、気がついたら鏡の中の自分はぽっちゃりなおチビさんだった。
14歳でダイエットを始め、極端な節食でいわゆる拒食症となり、19歳で過食症を併発。
大学でファッションデザインを専攻したことでますます痩せることへの執着が強くなる。
1年間苦しんだのちに家族にカミングアウトし、自ら精神科の治療を受ける決心をした。

 

摂食障害を完治させるのは難しい。
一度かかったら何年も何十年も戦わなければならない病気だ。
アルコール中毒などの依存症と同じで、ちょっとしたきっかけでまた再発する。
治らない、と言っても過言ではない。
そして精神疾患を伴うケースも多い。著者の場合もうつ病や潔癖症があり、摂食障害の再発と相まって心身に負担が蓄積していく。

 

摂食障害の当事者による手記は数多いが、本書はメディアによる情報発信が患者とその予備軍に与える影響について強く警告しているところに特徴がある。
ドラマや映画で摂食障害をとりあげる場合、その「きれいな面」だけに焦点を当てがちだ。
小鳥のようにほんの少しの食べ物しか摂らず、食欲なんて下賤なものには興味がない。
そんな儚い妖精のような存在として描かれた「痩せ姫」を賛美する「プロアナ」たち。
極端な痩せをストイックに追求することを美しいと肯定すれば、患者は救われるのだろうか。
いやいや、そんなわけがない。
以前は「神経性無食欲症・神経性食欲不振症」などと呼ばれていたけれど、実際には食欲がないのではなく、食欲を無理に抑えるあまり餓鬼のように食べ物に執着しているのだ。そう、地獄の底で苦しんでいるのだ。
食べたくないわけではないし骸骨のようになりたいわけではないけれど、どれくらい食べてどれくらいの体型になればいいのか、常識的な基準を見失ってしまっている。その迷って疲れ果てて倒れかけている人間にむかって「痩せていてキレイ!すばらしい!」と称えることの、あまりにも無邪気な罪深さよ。
自分をコントロールしているつもりが、実は強迫観念に振り回されているだけで、結果的に自分を敵に回して戦っている辛さ。それは当事者にしかわからないのかもしれない。
そしてまさに当事者であるところのキム・アンジェラは、本書でも注意深く患者とその予備軍を「刺激」しないように、拒食・過食の詳細な描写を避けている。

 

彼女が長い長い間味わってきた苦しみはとてもリアルだし、そのために喪ったものを想うとやるせない。摂食障害との戦いは彼女を強くしたかも知れないが、もし生まれ変わってやり直すとしたら同じ道は選ばないだろう。
摂食障害は一度はまったら抜け出せない深い底なし沼だ。今は固い地面の上に立っていられても、いつその足元が崩れるかわからない。
確実な治療法は「摂食障害にかからないこと」しかない。
人生の入り口で迷子になった少女が「迷子になったせいでいろんな経験を積めたけれども、本当は迷子になんかならないほうがいいに決まってる!」と叫んでいる。
本書はそんな警告の書だ。
ちなみに私も高校生の頃に摂食障害に陥り、体重が25キロを切って死にかけた。その経験は一生モノの傷だと思う。

 

太っても世界は終わらないが、摂食障害で死んでしまったら世界は確実に終わる。

 

こちらもおすすめ。

『ダイエットをしたら太ります。最新医学データが示す不都合な真実』光文社
永田利彦/著

 

痩せたら幸せになれるというのは幻想だということが理路整然と説かれた一冊。
ほどほどが大切なのです、ほどほどが。でも難しいのよね。

 

『太れば世界が終ると思った』扶桑社
キム・アンジェラ/著 高原美絵子/翻訳 西野明奈/翻訳

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

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