この時代に、こんな風が吹いていたということを後の世代に残したい|篠田節子さん最新刊『田舎のポルシェ』
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ryomiyagi

2021/05/22

撮影/秋倉康介

’20年、紫綬褒章を受章した直木賞作家の篠田節子さん。新作について「コロナ禍でどこにも行けない時代だからこそ、せめて活字の中で旅を楽しんでほしいと思い、ロードノベルを書いた」と語ります。ユーモラスな筆致で編まれた、読後の清々しさがたまらない一冊です。

 

コロナ禍という特殊な状況の中、せめて活字の中で解放感を味わってほしい

 

『田舎のポルシェ』
文藝春秋

 

直木賞作家の篠田節子さんは社会に潜むさまざまな問題をミステリー、サスペンス、SFなど超一級のエンタテインメント小説の形にし、多くの本読みたちの心を捉えてきました。たとえば’95年、直木賞候補になった『夏の災厄』は未知のウイルスで社会がパニックに陥る姿を描いた作品です。これがコロナ禍の世界を予言していたと’20年、大きな話題になったのは記憶に新しいところです。

 

そんな篠田さんの新作『田舎のポルシェ』は中編を3本収録した作品集です。表題作は男尊女卑が当たり前の東京の田舎で育った、30代後半の翠が主人公。実家の米を引き取りに行かなければならなくなり、強面ヤンキーが運転する軽トラックで岐阜から東京を目指します。第2話「ボルボ」は定年間際に勤めていた大手印刷会社が倒産して現在は無職の斎藤と、非鉄金属メーカーからグループ子会社に出向して退職した伊能の物語。2人は、伊能が所有する廃車寸前のボルボで東京から北海道まで旅をすることに……。第3話「ロケバスアリア」は「憧れの歌手が歌った会場に立ちたい」という春江、そんな祖母の願いをかなえたい孫の大輝、大輝が依頼したDVD制作プロデューサーの神宮寺の物語。3人は東京から春江の目的地・浜松までロケバスで向かいます。

 

いずれも車をモチーフにしつつ、人生の悲喜こもごもが柔らかな言葉で編まれていきます。

 

「別の作品の取材で北海道に行ったとき、車で移動する途中の風景を見ながら“ロードノベルが書けるな”と思ったんです。そんな折、外車に乗っている知り合いの、車への愛情のかけ方がフェティッシュで女性のそれとは違うと気づきました(笑)。それで男2人を廃車寸前の外車に乗せて旅行させようと思って書いたのが『ボルボ』です。表題作は、東京在住の80歳近い従姉が、実際に息子が運転する軽トラックに乗って相続した東北の土地でできたお米を引き取りに行った話がベースです。そこに今の農業の問題や30代に山積する課題を織り込みました」

 

執筆に至った経緯について、篠田さんは楽しそうに語ります。

 

「『ロケバスアリア』は最初、祖母と孫が大みそかで人がごった返す京都に行く話を考えていました。ところが新型コロナウイルスがまん延し非現実的になってしまって……。現代小説は“今”にぴったりと寄り添うものを書きたいと常々考えています。今はコロナ禍という特殊な状況ですが、たまたまその時代を生きて小説を書いている以上、こんな雰囲気だった、こんな風が吹いていたということを後の世代に残したいと思っています」

 

軽妙でユーモアのある筆致が読み進める力になっています。

 

「私の長編小説は削岩機でひたすら岩盤を削り続け、どこに連れて行かれるかわからないという感じだと思うのですが(笑)、この小説では登場人物たちのライフヒストリーが互いに共鳴したり不協和音になったりしながら、新たなドラマが生まれていく面白さを描いたつもりです。コロナ禍で心を病む方が増えていると聞き、秋に出版する予定を早めました。せめて活字の中で旅行し、解放感を味わっていただけたらうれしいです」

 

臨場感あふれる3つの物語を読み終えたとき、「明日も頑張りますか」としなやかな力がにじみ出ているのに気づくはず。今だからこそ読みたい一冊です。

 

PROFILE
しのだ・せつこ◎’55年、東京都生まれ。’90年『絹の変容』で第3回小説すばる新人賞、’97年『ゴサインタン―神の座―』で第10回山本周五郎賞、『女たちのジハード』で第117回直木賞、’09年『仮想儀礼』で第22回柴田錬三郎賞、’11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、’15年『インドクリスタル』で第10回中央公論文芸賞、’19年『鏡の背面』で第53回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。’20年、紫綬褒章受章。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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