「10年前に親が勇気を出して子どもと向き合っていたら…」|林真理子さん新刊『小説8050』
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ryomiyagi

2021/06/19

撮影/中林 香

 

「全国で100万人以上いるといわれる引きこもりの問題は“今そこにある危機”」。林真理子さんの新刊は引きこもり問題を描く社会派小説。一気読み必至の感動作です。

 

希望が持ちにくい時代ですが、家族って悪いものじゃない、ということを見せたくて

 

『小説8050』
新潮社

 

「この小説がこんなに受け入れられるとは思っていませんでした。連載中からものすごい反響で。作家になって40年、発売前に単行本の増刷が決まったのは初めてです」

 

不倫、格差社会、女性の生き方など今そこにあるリアルな問題を正面から描いてきた林真理子さん。新作『小説8050』で取り組んだのは引きこもり問題でした。“8050”は80代の年金暮らしの親が50代の無職の子どもを支える引きこもり長期化問題のこと。

 

「農林水産省の元事務次官が引きこもりの息子を殺害した事件がありましたが、あれだけの仕事をした方でも子どもが引きこもるのかとショックを受けたんです。暗く重いテーマですが、じっくり向き合ってみようと思いました」

 

引きこもりのいる家族や支援する医療従事者・NPO等関係者を取材した林さんは過酷な現実を知り、改めて強い衝撃を受けます。

 

「10年前に親が勇気を出して子どもと向き合っていたらというケースも少なくなく、“自由や個性を大事に”をうたい文句に子育てした結果、子どもが自立するチャンスを奪ってしまったケースもありました。本人はゴミ屋敷のような部屋で怪獣みたいになって母親を責め、父親は早く就職して家を出ろと本人を責め、育て方が悪いと母親を責める。全てケースバイケースだと思いますが、この問題は“今そこにある危機”。生半可な気持ちでは書けなくなりました」

 

主人公の正樹は商店街にある歯科医院の2代目。息子の翔太に猛勉強させて有名私立中高一貫校に入学させます。ところが翔太は中学2年の2学期から不登校になり、その後7年間引きこもったまま。20歳になった最近は母親に暴力を振るうようになっていました。ある日、正樹は翔太の引きこもりの原因が中学時代のいじめにあったことを知り、裁判を決意し……。

 

「引きこもる背景に子ども時代のいじめがあり、大人になった今も『いじめた人間に復讐したい』との思いを抱く人は珍しくありません。執筆にあたり紹介していただいた弁護士さんから『7年前のいじめでも訴えることはできるし、父親が必死になって闘う姿を見せられたら裁判に勝たなくてもいい』と聞いたことがブレークスルーになりました。証拠集めは弁護士さんがするものだと思ったら『リーガルドラマの見すぎ。自分で証拠を集めるんです。お父さんいくでしょ、普通』と言われて(笑)。改めて父親の重要性を痛感しました」

 

正樹は証拠集めをしていく過程で翔太が学校で経験したことを追体験していきます。そんな正樹の姿を見ながら、翔太もまた、少しずつ心を開き、前進し始めます。

 

「コロナ禍で引きこもり問題が目立たなくなってきていますが、父親が動くことで状況は変わるかもしれない。そう簡単にはいかないでしょうけど、それでも50代の父親に今できることはあると思うんです。なかなか希望が持ちにくい時代ですが、家族って悪いものじゃない、大人になるとこんなにいいことがあると見せていかないといけないと思っています」

 

いじめ、不登校、引きこもりと現代社会が抱える解決の糸口がなかなか見えない問題の本質を考えさせずにはおかない本書。心を揺さぶられる傑作です。

 

PROFILE
はやし・まりこ●’54年、山梨県生まれ。’86年「最終便に間に合えば」「京都まで」で第94回直木賞、’95年『白蓮れんれん』で第8回柴田錬三郎賞、’98年『みんなの秘密』で第32回吉川英治文学賞、’13年『アスクレピオスの愛人』で第20回島清恋愛文学賞、’20年、第68回菊池寛賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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