平均寿命が縮み、妊産婦の死亡率が上昇……格差を生み出すアメリカ社会の現実。
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BW_machida

2021/07/14

 

世界でもっとも洗練された医療機関があり、どの先進国よりも医療に予算を投じているアメリカは医療に対して構造的な問題を抱えている。現在、アメリカでは平均寿命が縮み、妊産婦の死亡率が上昇しているというのだ。背景にあるのは、国民にのしかかるあまりにも高額な医療費だ。

 

全国民をカバーする公的医療制度のないアメリカでは、国民は医療費をまかなうために各自が職場を通じて、何らかの民間医療保険に加入するのが一般的だという。著者いわく、保険がカバーする範囲や保証の程度はさまざまで、従業員が負担する保険料の割合も異なる。その保険料は、この数年間、賃金の上昇よりもずっと早いペースで右肩上がりの傾向にある。これが格差を生み出している。

 

「この格差は病院の分娩室から始まっている。黒人の赤ちゃんが乳幼児期に死亡する割合は、白人の赤ちゃんの二倍。奴隷制度が合法だった一八五〇年当時よりも格差が広がっているという、衝撃のデータだ。事実、今日における黒人の乳幼児死亡率は、ヘックラー・レポートが発表された当時の白人の乳幼児死亡率より高い。別の言い方をすると、一九八〇年代前半の白人の乳児より、今日の黒人の乳児のほうが、一年以内に死亡する割合が高いのだ。」

 

1985年、保健福祉省長官だったマーガレット・ヘックラーが発表したレポートには「黒人その他のマイノリティが死や病気の危機に瀕する度合いは平均的な国民と比べて高く、そこには依然として格差が存在する」と記されている。それから30年経ったいま、世の中はどう変わったか。格差の幅はたしかに縮まったかもしれないが、より広範に見られるようになった。そして、そのツケを払わされているのが有色人種のコミュニティなのだと著者は語る。

 

ある研究によると、もっとも裕福な女性ともっとも貧しい女性とでは平均寿命に10年もの差が出るらしい。人種間の分断が顕著な都市では、平均寿命の開きはさらに激しくなる。ボルティモアでは、裕福な白人居住区に暮らす人は貧しい黒人居住区に暮らす人より20年も長く生きることができる。黒人女性が妊娠中の合併症で死亡する割合は白人女性に比べて3倍以上高いという事実もまた、アメリカ医療の現実を伝えている。

 

「黒人の男性、女性、子どもを不健康にする要素は無数にある。一〇〇年単位で住宅、雇用、教育機会の不公平が制度化されてきた結果、アメリカでは黒人がまともな医療を受けることが難しくなっている。彼らが暮らす貧しい地域では、食生活が偏りがちで、医師や病院の数も限られている。」

 

とはいえ、著者も指摘しているように、生活環境だけで健康格差を説明することはできないだろう。なぜなら、アメリカでは医師にかかっても十分な治療を受けられないことがあるからだ。それに加えて、アメリカ人が負担している薬代はとても高額で、高コレステロールの治療薬クレストールは隣国のカナダで買った場合より62%も高くついてしまう。ACA、通称「オバマケア」は大勢の国民に安心をもたらしたが、一般の勤労者世帯にとっては、医療費が大きな負担であることに変わりはない。

 

こうした状況を踏まえて、著者が提言するのが医療システムそのものの改革だ。「医療を受けることは基本的な権利」なのだから、アメリカの医療保険はあくまで健康上の必要性に基づいて設計されるべきだと語る。システムが目指すのは、利益の最大化ではなく、医療の成果の最大化だ。もし実現すれば、病気になっただけで破産するなんてことはなくなるかもしれない。

 

『私たちの真実 アメリカン・ジャーニー』
カマラ・ハリス/著 藤田美菜子・安藤貴子/訳

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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