新米パパが「ママの視点」で見つめた想像を超える社会の姿
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ryomiyagi

2021/06/29

この本、おもしろい。子育ての不都合な真実から外出先での理不尽な出来事、なにより時折こぼれる本音がいい。しかしページをめくるほどに、これは笑い事では済まされないぞと実感させられる。というのも、ここには妊婦健診の公費負担額や一日の家事・育児時間の国際比較、保育現場の実情、仕事と子育ての両立の難しさなどが真面目に語られているのである。それも、パパの目線で。

 

著者は自らを「石を投げればすぐ当たる、そこら辺の普通のパパ」と呼ぶ。最近、夫婦に待望の第一子となる娘が生まれた。待ち望んだ赤ちゃんを家族に迎え入れ、幸せで楽しい子育てライフがはじまると思っていた矢先、どうにも夫婦関係の雲行きが怪しくなってきた。なかなか眠ってくれない赤ちゃんのせいで、夫婦そろって慢性的な睡眠不足。命を守るという神経をすり減らす使命感、追い打ちをかけるように、初めて尽くしの育児タスクが押し寄せてくる。その結果が、夫婦喧嘩だ。

 

「男性育休まで取って、家事も育児もこんなにやっているのに!」理由の分からない喧嘩が繰り広げられるたび、著者の頭にはそんな言葉が駆け巡る。夫婦喧嘩激増の理由がはっきりしたのは、育児休暇を終えて数カ月が経った頃だ。

 

「私はこれまで、子どもが生まれたら勝手にパパになれるものだと思っていました。でも違いました。パパになるにはトレーニングが必要でした。その貴重な機会となったのが、男性育休だったのです。
そして、2カ月後に会社に復帰した時、自分の『視点の変化』に気づきました。社会問題の捉え方が、まるで変わっていました」

 

 

そう語るように、新米パパが「ママの視点」で見つめた社会は、想像を超えていたようだ。たとえば、著者は子どもと一緒に乗った電車で忘れられない経験をする。車内で突然泣き始めた娘をあやしていると、ビジネススーツを着た中年男性に舌打ちをされたのだ。

 

「普段なら、笑顔でスルーする案件です(心の中で悪態をつきながら)。でもこの時は、娘の連日の激しい夜泣きによる寝不足で、精神的にとっても参っていました。そんな、ただでさえ虫の息だった心に、この舌打ちが見事にトドメを刺してくれました。まさに、泣きっ面に蜂。わっとこみあげてきた涙を、必死に堪えました。この場に妻がいなくて、本当によかった。こんなの、つらすぎる。どうしてこんな目にあわないといけないんだろう」

 

新米パパの言葉は、あちこちで耳にするママたちの声そのものだ。暗澹たる気持ちで電車を降り、次の電車を待っているうちに著者は社会学者の上野千鶴子氏の言葉を思い出す。

 

「女性は、出産・育児をしはじめた途端に、弱者になる」

 

「そうか。私は、そうとは知らず弱者になっていたんだ。これまでママたちが味わってきた理不尽のほんの一部を体験したのか。うん。これは、控えめに言って最低の気分だ。」

 

またあるとき、娘の泣き声で朝早く目を覚ました著者は、ふらふらと起き出した妻がおっぱいをあげようとしているのに気づく。1カ月にもなっていない娘はおっぱいが上手く飲めない。妻は乳腺炎を発症していて、授乳のたびに激痛が走る。おっぱいを飲みたいのに飲めない娘と、あげたいのにあげられないお母さん。そこにはテレビで見かけるような神々しい母子の姿はない。

 

世間では、男性の育児休業はまだ珍しい。取りたいと思っていても、さまざまな事情で取れずにいるパパは多いだろう。男性である著者は、そうしたパパたちの意見に共感したうえで、それでも育休を取るべきだと熱弁をふるう。子育ては戦場だ。パパも新米だが、ママも子育て初心者なのだから、と。「手負いのパートナーを戦場に置いていけますか?」と読者に投げかける著者の言葉が突き刺さる。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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