加速度的に変わっていく世界で何を考え、どう生きるのか|本谷有希子さん新刊『あなたにオススメの』
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ryomiyagi

2021/08/21

撮影/唯根隼人

 

劇作家、演出家、芥川賞作家として八面六臂の活躍をする本谷有希子さん。新刊は〝コンテンツ化する社会〟を近未来と現代を舞台に描いた2編を収録した、濃密な作品集です。

 

人間としてどう生きていくか自己決定できる最後の世代かもしれません

 

『あなたにオススメの』
講談社

 

本谷有希子さんは文学界、戯曲界の名だたる賞を受賞し、世界中の本読みたちから新作を心待ちにされる方。待望の新刊『あなたにオススメの』はシニカルな笑いとそこはかとない不気味さが特徴的な中編2本を収録した作品集です。

 

1作目「推子のデフォルト」は近未来が舞台。推子は手の甲にICチップ、耳たぶに小型イヤフォンと、体中に埋め込んだ超極小電子機器でデジタル・コンテンツを堪能する生活を送っていました。こぴくんママは24時間オンライン接続が当たり前の社会になじめないオフライン派。デジタル・コンテンツに飽きていた推子はこぴくんママをバカにしつつリアル・コンテンツとして面白がり……。

 

「あまり人に話したくないわが家の事情を、友人が面白おかしくみんなに話したことがありました。〝これからはシビアなこともコンテンツにして楽しむ時代〟と言って。このとき私は少しも嫌ではなく、一緒になって笑ったんです。それでネガティブなこともコンテンツ化して消費する貪欲さに気づき、推子の話を思いつくきっかけの一つになりました」

 

執筆のきっかけはほかにも。

 

「電子書籍リーダーにはハイライト機能があり、その本の特定箇所を何人がマークしたかわかるようになっています。この機能のおかげで何百人もの人が同じところにハイライトしていることがわかるのですが、自分の感情を機械側に合わせる逆転現象が起こっているのでは、と考えたのもきっかけになりました。みんながハイライトしているから自分も何か感じなければならない、と。実際、人間が機械に合わせる現象は始まっています。音声認識で家電の操作などができる電子機器を使う際、その機器が理解できるように話したり。
私たちはデジタルの影響を受けず、人間としてどう生きていくか自己決定できる最後の世代かもしれません。私たちの子どもは生まれたときからデジタル機器があり、それを使うかどうかの自己決定権すらないと思う。わが子に昔ながらの遊びをさせたいと思う一方で、そんなふうに育ててこれからますます超情報化する社会に適応できるのかとも思うのです」

 

河川の氾濫警報が出るなか、自分たちを〝上級〟と捉えてワクワクする夫婦に起こった出来事を描く「マイイベント」も〝本来、しないはずのものをコンテンツ化する〟点で1作目に通じる作品です。加速度的に変容していく世界で、人間は何を考え、どう生きるのか。本谷さんは思考を続けます。

 

「〝デジタル機器に触れるのはよくない〟という価値観も変わるでしょうし、男女の違いも複雑になるでしょうし、自分と他者の境界も変わると思う。いずれ機械と人間が反転するかもしれません。私自身、最近、赤信号で待つことが退屈になっていたり、ゆっくり考えられなくなっていたりする自分を実感し、戸惑っています(笑)。そもそも私は〝人間らしさだけ変わらない〟とは思っていないんです。社会の変化に合わせて人間がどう更新されていくのか。生き物としての人間の存在に興味があり、そこを書いていきたいと思っています」

 

読後、穏やかな気持ちではいられなくなる充実極まりない快作!

 

PROFILE
もとや・ゆきこ●’79年、石川県生まれ。’09年『幸せ最高ありがとうマジで!』で第53回岸田國士戯曲賞、’11年『ぬるい毒』で第33回野間文芸新人賞、’13年『嵐のピクニック』で第7回大江健三郎賞、’14年『自分を好きになる方法』で第27回三島由紀夫賞、’16年『異類婚姻譚』で第154回芥川賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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