父からのDVを乗り越え、自分の人生を取り戻す|窪美澄さん新刊『朔が満ちる』
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ryomiyagi

2021/08/28

撮影/中林 香

焼けつくような心の痛みをリアルに描く窪美澄さんの新刊は“親を許せるか”という深淵なテーマに挑んだ野心作。暴力で心をズタズタにされた男女の成長物語です。

 

「自分と同じトラウマを持つ人となら、過去に向き合えるのではないかと考えます」

 

『朔が満ちる』
朝日新聞出版

 

「担当編集者から“トラウマを持った主人公で書いてほしい”と言われ、これまでDVや家庭内暴力については触れてこなかったと思いました。それで“家族に秘密がある”家庭を書こうと考えました」

 

窪美澄さんの新刊『朔が満ちる』は子ども時代の虐待を生き抜き、人生を勝ち取る男女を描きます。

 

物語は28歳の史也が見続けている悪夢の描写から始まります。それは“青森の岩木山の麓に住んでいた中学1年の史也が、酒を飲んでは家族に暴力を振るう父親の後頭部を斧で何度も殴打する”というもの。実際には、史也は斧の刃の背で父親の後頭部を殴ったため殺せませんでした。事件は事故として処理されましたが、暴力に塗れた家庭環境や父親を殺そうとした事実が史也の心に重くのしかかります。この直後から伯母の家で暮らすようになった史也は大学進学で上京し、実家に一度も帰らないまま都内で建築専門のカメラマンとして働いていました。

 

「資料を随分読みましたが、最終的に親を許したり、心が通じ合ったりするケースが多いことに気づきました。ですが、自分を含めて、そんなことにはならないのが現実だと思います。私の場合、殴る蹴るの暴力はありませんでしたが、12歳のときに母が突然家を出て行きました。私や弟たちを置いていなくなった理由を私はずっと考え続けました。暴力を振るった親は何も考えていないか、振るったこと自体忘れているかもしれない。でも子どもはそうはいかない。いろいろとずっと考え続けるんです。答えがあったら子どもも助かりますが、そんなものはないことが多い。正解はなく、ただ理不尽な暴力があるだけなんです」

 

史也が出会うのが、キャバクラで働く水希と看護師として働く梓です。水希は母からはネグレクトされ、義父からはレイプされそうになるなかで育ち、今はリストカットと過食嘔吐の繰り返し。一方、梓は施設で育ち、今は養父の病院で看護師として働きながら、自分を捨てた実母に言葉にならない思いを抱えています。そんな2人の生きざまが対照的に描かれます。

 

「水希を登場させたのは、私のまわりに自死する若い人がいるから。周囲が“まさかそんなことはしない”と思っても、あっけない自死というものもある。水希の母親は娘の死に涙も流しませんが、人間としての感情を求めるとスルーする親もいるんです。そういうことは書いておきたいと思いました」

 

後半、史也と梓は封印していた過去と向き合い、自分の人生を取り戻すべく、踏み出します。

 

「誰かの力を借りて、ではなく、誰かと一緒に過去に対峙する。自分と同じようなトラウマを持っている人となら過去に向き合えるのではと考えます。向き合う、とは暴力を振るった親とわかり合い、仲よくなることではありません。そんな親を拒否して自分の人生を生きてほしい。とにかく自死を選ばず生き延びて、と強く願います」

 

暴力のある家庭は子どもにとって弾丸が飛び交う戦場と同じ。怒り、悲しみ、絶望、諦観……年齢を重ねても負の感情は消えず、心から血が流れ続けます。それでも実りある人生は生きられる。そんな窪さんの願いと祈りが込められた、重厚な小説です。

 

PROFILE
くぼ・みすみ●’65年東京都生まれ。’09年「ミクマリ」で第8回「R-18文学賞」大賞、’11年『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞、’12年『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞、’19年『トリニティ』で第36回織田作之助賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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