人は流されながら年をとったっていい|桜木紫乃さん新刊『ブルースRed』
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ryomiyagi

2021/11/06

撮影/原田直樹

 

逆境に負けずタフに生きる女性を描かせたら右に出る者はいない桜木紫乃さん。新作は釧路の街を裏から支配する女性の物語。死に場所を求めて生きるヒロインに痺れます。

 

「まわりに流されながら生きていると、いいこともある。それでいいと思うんです」

 

ブルースRed
文藝春秋

 

桜木紫乃さんの新作『ブルースRed』は死に場所を求めて年を重ねる影山莉菜の人生を描く連作短編集です。自分のせいで愛する義理の父・博人を亡くした莉菜は、彼の跡を継いで北海道・釧路の街を裏社会から支配しています。願いはただ一つ、亡父の血を引く武博を代議士にすることでした。

 

本作は’14年刊行のハードボイルド小説『ブルース』に続く物語。時間の経過に合わせて綴られた10本の短編で構成されています。物語が続いているわけではないので、前作を読んでいなくても一気に作品の世界に引き込まれます。

 

「『ブルース』が出た後、担当編集者から“次は女性1人の視点で書いては? タイトルはレッドで”と提案していただいたのが出発点。すぐに“30枚の練習をさせてください!”とお願いしました」

 

30枚の練習――。これは原稿用紙30枚の短い小説を書かせてほしいという意味。桜木さんは“30枚”にこだわっていました。

 

「オール讀物新人賞をいただいてから2年間、頼まれもしないのに毎週30枚の小説を書いて担当者に送りつけていました(笑)。編集者との付き合い方がわからなくて、返事もないのにとにかく書いては送るを繰り返していたんです。2年後のある日、ある編集者が“今、30枚の短編を書ける人が何人いると思っているんですか”とおっしゃって……。30枚の中に1つの物語があって、現在過去未来がある。小説のヘソもしっかりなければならない。そういったことを過不足なく、テンポもよく書かなければならない。つまり高度な技術を必要とする難しいことだったんです。そんな重要なことが全くわかっていなかったんですね。それで、いつか書けるようになりたいとずっと思っていました。直木賞をいただいた後に思い切ってわがままを言ってみたんです(笑)」

 

前作同様、舞台は北海道釧路市。この釧路、桜木さんの頭の中に存在する“実在の人が1人もいない釧路の街”だそうで……。

 

「その脳内釧路にこれまでの作品に登場した人たちが全員生きていて、暮らしています。作品を書くたびに誰かに会いに行く感じ。
実は莉菜を主人公にして書くことはすぐに決まったのですが、第5話まで彼女がどういう人なのかわからず、丸腰で付き合っていました。第5話で彼女は密かに抱えていたある思いを遂げ、人生の目的を達成します。その一瞬で彼女は自分の人生と折り合いをつけることができたことがわかりました。つらい思い出ばかりの釧路を出ないのも、そこに居続けることが自らへの罰と考えるから。莉菜はそういう女なんですよ」

 

情愛が深く大切な人を守るためには手段を選ばないハードボイルドで男前な莉菜。莉菜の毒と痛みと孤独が読み手の心に刺さります。

 

「莉菜は死に場所を探しながら年を重ねてきましたが、人は流されながら年を取り、丸くなっていく。そうやって生きているといいこともある。それでいいんですよ。毎回答えが欲しくて小説を書いていますが、今回の答えはそれでした」

 

デビュー20年目を迎え、一歩高みに上った桜木ワールド。ラストに用意された光に“人生は捨てたもんじゃない”ことを思い出し、鼓舞されるはずです。

 

PROFILE
さくらぎ・しの●’65年北海道生まれ。’02年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。’07年、同作を収録した『氷平線』で単行本デビュー。’13年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、同年『ホテルローヤル』で第149回直木賞、’20年『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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