現代社会の息苦しさを描いた初の長編ホラー・ミステリー|辻村深月さん新刊『闇祓』
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ryomiyagi

2021/12/18

撮影/川口宗道

 

家族、学園、ドラえもんなどさまざまな題材を自在に操り、感動的なエンタメ・ミステリーを発表する辻村深月さん。新作は自身初の本格長編ホラー・ミステリーです。

 

「“マニュアル化した共感”が広まることは、ある種の暴力を持つ」

 

『闇祓』
KADOKAWA

 

「長編ホラー小説が大好きでいつか書いてみたかったんです」

 

辻村深月さんは人間の心の機微を丁寧に掬い上げ、妙味のある本格エンタメ・ミステリーを多数紡いできました。新作『闇祓』は、そんな辻村さんがデビュー17年目に初めて挑んだ本格長編ホラー・ミステリー小説です。

 

「これまでも家族や学園など共同体をモチーフに書いてきましたので、ホラーを書くなら登場人物と家族の共同体が変容していく話にしたいと考えました。
一方で、この小説の構想を考えているとき、理不尽な目に遭わされたり、心がモヤッとする感覚を味わわされたりしても、相手が職場の人でもなければ恋人や家族でもないので、セクハラ、パワハラ、モラハラなどといった概念に当てはまらずうまく説明できないという話を立て続けに聞きました。何のハラスメントなのかわからないけれど、○○ハラには当たると気づき、このザラザラしたものに名前をつけられたら、というところから始まったのがこの小説です」

 

思考を重ねた辻村さんは“闇ハラスメント”という言葉を思いつき“精神・心が闇の状態にあることから生じる、自分の事情や思いなどを一方的に相手に押し付け、不快にさせる言動・行為”と定義。

 

「なぜ、あの人の機嫌を取るのか。なぜ、あの人からマウンティングされるのか。これらはみな闇ハラスメントだと考えます。闇ハラは関係性の中で起こるもの。そこで学校や集合住宅、会社などコミュニティの中で起こる闇ハラを描きつつ、誰が元凶なのかを探っていく構成にしました」

 

物語は主人公の澪が通う高校に転校生の要がやってくるシーンから始まります。クラス委員長の澪は要に校内を案内するのですが、要は「家に行っていいか」と言いだします。恐怖に慄(おのの)いた澪は陸上部の先輩の神原に助けを求め……。

 

「第1章で過度に相手を慮(おもんぱか)ってしまうなど闇ハラに遭いやすい人や、親しくもないのに急に距離を縮めてくるといった闇ハラの典型例をまず書きました。第2章以降はその発展系です。怪異の怖さを物語の中に落とし込みながら、コミュニケーションが歪んだり距離感がずれたりして関係がうまくいかなくなっていく共同体の不気味さや怖さも描いたつもりです」

 

本作品の面白さは、そういったホラー要素の中に社会的な課題がさらりと編み込まれている点です。安易な共感、思考停止……。ギクリとさせられるシーンが続きます。

 

「共感が印籠みたいになっている気がします。相手が言ってほしい言葉を浴びせ続けることで相手を支配するわけで、マニュアル化した共感が広まることはある種の暴力性を持つ。理解者であると近づかれたら、ハラスメントと戦う視界が奪われますから。また、何か1つの悪いモノがなくなれば問題が解決するという時代ではないのに、私たちは思考が停止してそんなふうに考えがち。そこに齟齬(そご)があるのが現代社会だと思うんです。
思考せず、言葉が通じないというのが一番のホラーかもしれません」

 

恐怖に痺れつつ予測不能のラストに慄然(りつぜん)とする。現代社会の息苦しさを写しとるように描かれた巧みな社会派ホラー・ミステリーです。

 

PROFILE
つじむら・みづき●’80年山梨県生まれ。’04年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。’11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、’12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、’18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞を受賞。

 

聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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