ryomiyagi
2022/02/24
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2022/02/24
『きれいになりたい気がしてきた』 光文社
ジェーン・スー/著
寝起きの顔が可愛かったのは、いつまでだった? 起き抜けに鏡を見て、そんなことを思いました。
冒頭から不遜で申し訳ございません。でも、あなたにも私にもあったはずなのです。水分不足による鈍いテカリではなく、天然保湿因子のおかげで朝から肌がツヤツヤしていた時代が。
この歳になれば自尊感情のマッチポンプもお手の物で、「いつだって、私はありのままで美しい」と思うこともできる。否、思いたい。
しかし、現実は少し手厳しい。寝起きの私は、おやおや朝まで地中で寝ていたのかしら? と思うほど、うるおいやなめらかさとは無縁。まるで発掘されたばかりの縄文土器のよう。弥生土器の日もありますね。少し、すべすべしているんです。縄文式にしろ弥生式にしろ、なんというか、全体的にほつれがすごい。
先日、とある女友達が起き抜けに台所に立っていたところ、夫から「ゴミ屋敷の女主人みたい」と言われたそうで、憤慨しておりました。そりゃ怒るよ。愛情あってのおふざけだとわかっていても、言っちゃいけないことってのがあるもんだ。
年齢を重ねると、頭のてっぺんからつま先まで、ほころぶペースは加速します。比例して、手入れの頻度も上がります。それは楽しいことながら、いまどきの中年女にとって、少々難易度の高いことでもある。理由はみっつ。
ひとつ目。二十年くらい前まで、大人の女をやるのはもっと簡単でした。少なくとも、二十代の私にはそう見えていた。だって、服にも靴にも鞄にも「これさえ持っていればOK」なブランド品がありましたし、メイクも濃いめでカチッとしていればよかった。当時の映像を見るとびっくりします。二度目の離婚会見の聖子ちゃんなんて、いまよりずっと大人っぽい。
つまり、以前は大人の女のコード(記号)がハッキリ存在していたのです。それらのコードは「もう若くはない」ことをネガティブに転じさせない作用を持っていた。
ふたつ目。ひとつ目とリンクした話ですが、この二十年で景気が緩やかに後退し続けた結果、副産物としてカジュアルなスタイリングがメインストリームに躍り出たこと。『VERY』がユニクロを特集するなんて、創刊当時には考えられなかったでしょう。
ファストファッションが飛躍的におしゃれになったのも、カジュアル偏重時代になった理由ではありますが、これは世間のムードがカジュアルを求めた結果です。二十年前の「ちゃんとした大人の格好」がふさわしいオケージョンなんて、もうどこにも見当たりませんしね。
みっつ目が最大の難関。カジュアル全盛と相関して、世代を問わず生活全体に「肩肘を張らない、抜け感とこなれ感」が求められていること。恐ろしい!
あのねぇ、「抜け感」なんて寝起きの顔と同じなのよ。つまり、若さと相性がいい。みずみずしい肌、引き締まった体、たっぷりした艶のある髪あってこそ、抜けは輝くものなの。作為でどうにかするには、技術と努力が格段に必要なの。
濃いめのメイクや体の線を拾わないハイエンドな衣類など、言わば補整下着の役割を果たす記号がすべて時代遅れになったせいで、我々は危ない橋を渡らされているわけです。抜け感とみすぼらし感は、いつだって背中合わせだもの。こなれ感は、高級な素材あってこそ生まれるものだもの。
加えて、いまどきの中年女は常に忙しい。先日とある女性誌で、抜け感もこなれ感もバッチリな某ママタレントさんが「スマホでスケジュールを管理するようになってから、三十分の空き時間が見つけやすくなった」と答えていました。隙間を見つけて詰め込まないと、抜けもこなれも作れないなんて皮肉な話だ。
サプリにしろ美容医療にしろ、格段に効きが良くなったのが我々世代の特権ではあります。これはこれで十二分に楽しんでいきたい。しかし、抜けたりこなれたりするためには、より細かい作業が継続的に必要なのです。非常に難儀。
他者と比べず「私は私」と自立できる精神力を備えたとしても、若さに付帯する美の延長線上に、理想の中年女像が置かれている限り、この苦難は続くでしょう。最近ではヤングレディのほうが自立心旺盛ですから、我々は蜃気楼の理想を追い求めるハメになるやもしれず。
若さ頼りの価値観とは一線を画す、大人の女のコードが新たに生まれることはあるでしょうか。二十年前は若者にはない経済力をバックボーンにすればよかったけれど、いまじゃそうもいかないし。
逆転の発想で、アラサー時代には似合わなかったものを思い出してみようかしら。大ぶりなジュエリー、太めのアイライン、本物の毛皮。うわ、抜けもこなれもゼロのアイテムばかり。似合うためには、あと十年は必要でしょうし。
うーん、令和の四十代って、究極のエアポケットなのかしら? いえいえ、ここ何十年も、四十歳になった途端、女は一気に歳を取らされていたと考えることもできそうです。
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