BW_machida
2021/10/09
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2021/10/09
『灼熱』新潮社
葉真中顕/著
社会的な課題を折り込んだ、迫力のあるエンタメ・ミステリー小説で読者を魅了する葉真中顕さん。新刊『灼熱』は第二次世界大戦後のブラジルで実際に起きた事件を下敷きにした長編小説です。
’34年、沖縄県生まれの勇・12歳は父親の従弟夫婦の養子になりブラジルに移住します。移民先の殖民地・弥栄村(いやさかむら)で勇は同い年の日本移民2世・南雲トキオと親友になります。南雲家は農園経営で成功し、多くの移民たちを雇っていました。ところが第二次世界大戦が始まると移民の間で祖国のために戦おうという機運が高まり、南雲家は敵性産業を作っていると非難されて殖民地から追われます。終戦を迎えたら迎えたで、今度は日本移民社会が「日本は勝った」と信じる人と「負けた」と知っている人とで二分され、とうとう抗争まで起こり……。
「第二次世界大戦後、海外で日本が戦争に勝ったと信じる人と負けたと知っている人との間でもめ事があったと知ってはいましたが、5年前、勝ったと信じた“勝ち組”当事者の話をラジオで聞き、改めて興味を持ったんです」
調べると“勝ち負け抗争”では多くの死者も出ており、葉真中さんは衝撃を受けます。
「ところが知り合いに聞いても“勝ち負け抗争”を知らない人ばかりで……。私には知られざる事件、忘れ去られている事件を下敷きに小説を書き、たくさんの人に知ってもらいたいという思いが強くありまして。それでブラジルについての知識はゼロだったにもかかわらず(笑)、このことを書きたいと思いました」
70年以上も前に地球の裏側で起こった事件をモチーフにしていますが、読み進めるにつれ、現代社会とシンクロしていることを実感し、穏やかな気持ちではいられなくなります。というのもこの抗争がデマ、つまりフェイクニュースによって引き起こされたものだからです。
「興味を持った当時、ちょうどアメリカではトランプ大統領誕生前夜でフェイクニュースという言葉が出始めたころ。執筆に入ってからリアルな世界が作品と共鳴するようになりました。実は、戦勝デマとフェイクニュースは本質的に違うという意見も多くあります。当時は大日本帝国のイデオロギーもありましたし、海外にいる移民には言語の壁もありましたから。ですが、書いているうちに“人は自分が信じたいものを信じる”という点で共通すると思うようになりました。WEBで信じたいことだけを摂取して行動するというのは現代でも起こりうること。新型コロナウイルスのパンデミックが起こって、この傾向はひどくなっていると実感しています」
勇の幼なじみ・里子を始め、殖民地で昼夜問わず働く、たくましくて気丈な女性たちも魅力的です。
「公の移民史には女性の話があまりないんです。家父長制の負の側面だと思い、この小説を男だけの物語にしてはいけないと思っていました」
600ページを超える大作ですが、次々に起こる事件が巧みな情景描写で紡がれ、一気に小説世界に引き込まれます。あれこれ考えさせられつつも、エンタメとしても充実極まりない一冊です。
PROFILE
はまなか・あき●’76年、東京都生まれ。’13年『ロスト・ケア』で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、作家デビュー。’19年『凍てつく太陽』で大藪春彦賞および日本推理作家協会賞を受賞。ほかの著書に『絶叫』『コクーン』『Blue』『そして、海の泡になる』などがある。
聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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