義務教育が敗北する日…過酷な教育現場の闇と謎
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ryomiyagi

2022/02/25

 

女児が教室で着替える様子が写った画像をスマートフォンで所持したとして、警視庁捜査1課は12日、児童買春・ポルノ禁止法違反(所持)の疑いで東京都江東区の小学校教諭(46)を逮捕した。画像は2018年ごろに撮影されたもので、容疑者は当時小学3年の女児の担任だった。自宅から押収されたスマホから、同容疑者が知る別の女児が写った画像13点や、インターネット上で取得したとみられる千点以上の児童の画像が見つかった。画像以外の女児から容疑者に体を触られたとの訴えが学校にあり、校長が昨年11月、警視庁に相談して発覚した。(中日新聞)

 

これは単に、近々に起きた不祥事でしかない。言うまでもなく、教職者による同様の事犯は枚挙に止めがない。
本書『学校では学力が伸びない本当の理由』(光文社新書)の著者は、京都大学大学院を卒業後、大手新聞社を経てスリーランスとなり、カンボジアやパレスチナなどの貧困地帯や紛争地帯を取材し、後に教育者に転身。2012年度読売教育賞優秀賞を受賞する傍ら、国内外の中等教育学校のスーパーバイザーや教師向けのインストラクターを務める林純次氏。教育システムや教職員の資質の専門家である著者の意見を紐解いてみたくなった。

 

本当に増えた、という実感がある。2018年度に公立の教員で猥褻行為を理由に処分を受けた者は282人となり、10年前と比べて1・7倍だったという。よく言われることだが、これは氷山の一角に過ぎず、実際にはもっと多いというのが自明だろう。(中略)
この282という数字には私立の教員は含まれていないし、部活の外部コーチなどは対象となっていない。少なく見積もっても被害者は10倍はいるだろう。
実際に接触を伴わず、ギリギリのラインで犯罪行為として認定されていない者も知っている。大量に女子中学生の写真を撮影し、自分のパソコンにストックしている男性教員だ。
また、教員になろうとする学生には、堂々と「女の子が好きなんで先生になろうと思うんです」という者までいた。

 

本書によれば、この生徒には別の仕事が勧められたようだが、それが本音か冗談かは別として、このご時世にこれほどのキラーワードを口にするなど、それ一つをとっても教職者に求められるバランス感覚が欠落していると言わざるを得ない。
それにしても、平成以降の目まぐるしく変わるハイ・テクノロジー社会にあって、それでなくても多岐に渡って求められる教職者の資質に対しての劣化のほどは目を覆うばかりだ。
それにも増して、教育の現場はブラック業界化が進んでいるという。

 

2019年に経済協力開発機構(OECD)が世界48の国・地域の中学校、世界15の国・地域の小学校を対象に、1週間あたりの教員の勤務時間を調査したところ、日本の教員の労働時間は小学校で54・4時間、中学校56時間と、ともに参加国・地域の中で最長であった。また、東京新聞は「過労死ライン」にあたる月80時間の時間外労働をする教員が、小学校で56・4%、中学校で64・3%にのぼるという調査結果を報じている。
このような拘束時間の中で、授業のための準備をし、生徒を理解して最適なアドバイスができるように勤しむ。担任であればクラスの行事やクラスで発生した問題に向き合い、生徒の人格を磨いていく。学校内の分掌業務を受け持ち、教養部なら時間割を作成したり、進路部なら生徒の進学先や就職先に挨拶回りをしたり、国際部であれば留学の準備をしたり、総務部であればPTAとの会合を催したりしなくてはならない。部活を担当していれば、生徒の健康や安全に気をつけながら成果が残せるよう導く。親からクレームが来れば何時間でもその怒りに付き合い、同僚の教員が落ち込んでいれば手を差し伸べる。
無理だ。スーパーマンでなくては成立しない仕事量と質であることが、おわかりいただけると思う。

 

教師の時間外労働の煩雑さと、モンスターペアレントと呼ばれる劣悪な保護者に対するケアなど、その余りの過重労働のほどには可哀そうとすら感じる。加えての苛め問題など、教育現場に潜む闇は、言葉や思いでは到底届きそうにないほど深い。

 

勤務校の文化祭の日、保護者がボランティアで、私学助成金の署名活動をしてくれていた。私は前日までに署名をし終えていたので、そのブースを「ご苦労様です」と言って通り抜けようとした。
「署名お願いしまーす」
と私の背中に声がかかった。振り返り、
「僕はもう、書き、あしたんで。失礼します」
と頭を下げた。そして踵を返そうとした途端、怒鳴られた。
「おまえ、なんだその態度は! みんな書いてくれてるんだ。なんで書かない!」
(中略)
職員室に戻ってその女性の子どもの担任に話を聞くと、有名なモンスターだということがわかった。その子の出身中学からも申し送りが来るほどの“逸材”だったのだ。
この他にも毎日2時間のクレーム電話をしてくる者、学校内で「給食費なんか払う必要ないわよ!」と嘯く者、学校に押しかけてきて若い女性教諭を詰りまくる者、トイレットペーパーの端が折れてないと怒鳴る者、自分の息子の宿題を自筆で完成させてしまう者、教員と不倫をしようとする者、自分の子供が下半身を露出させた画像を女子に送りつけたにもかかわらず「(LINEを)ブロックしたらしまいやんけ」と言い放つ者など魑魅魍魎、跳梁跋扈といったところだ。
幸い私は法学部出身であり元ジャーナリストなので、それなりに刑法の知識を持っていたから、最悪の場合、法律の知識を持ち出してモンスターハンティングをすることができた。しかし、一般の先生方が心を擦り減らし、沈んでいく様を見るのは辛かった。

 

なんと、幼児性愛者問題とモンスターペアレントの問題だけで随分と文章を費やしてしまったが、他にも「急増する不登校児童」「教員の低レベル化」「学校のブラック業界化」「場当たり的に弄られるカリキュラム」「低レベルな教科書」「不条理と非生産性を教える校則」「瓦解した評価システム」「学力低下」「少子化」「受験競争の低レベル化」「揉めるPTA」などなど、教育現場には問題が山積している。そしてコロナ…である。
果たして我が国の学校教育は、子どもたちに明るい未来を約束し得る現場なのだろうか。
果たして、只今現在の教育現場に、大切な子どもたちの未来を託していいものだろうか。
そんな疑問と不安が湧き上がってくる。

 

本書『学校では学力が伸びない本当の理由』(光文社新書)は、我が国の未来を託すべき子どもたちが置かれている、極めて劣悪な教育環境のリアルを知らしめ、私たちに正しく問題意識を持たせてくれる貴重なレポートだった。

 

文/森健次

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学校では学力が伸びない本当の理由

学校では学力が伸びない本当の理由

林純次(はやしじゅんじ)

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