『逆転のアリバイ 刑事花房京子』著者新刊エッセイ 香納諒一
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BW_machida

2022/05/13

倒叙にして、心理ミステリー

 

この「刑事花房京子」は、倒叙形式のミステリーシリーズで、今作は『完全犯罪の死角』につぐ二作目となります。ある人物が練った完全犯罪計画を利用し、別の人物がさらにその上に別の犯罪計画を上塗りして元の計画の立案者を殺害します。加害者になるはずの人間が被害者になるという逆転にくわえ、アリバイ工作そのものにも、二重三重の逆転、すなわち見えている姿と真実が正反対になる仕掛けがほどこされています。これ以上はネタバレとなるので、あとは読んでいただいてのお楽しみということで—。

 

ちなみに、この作品には、「刑事コロンボ」へのリスペクトを込めたオマージュ数箇所にくわえ、松本清張作の某作品へのオマージュ的な展開も組み込まれています。ミステリー好きの方には、そういった点も見つけて楽しんでいただける気がします。特に、いわゆる倒叙ミステリーの肝ともいうべきクライマックスでの犯人との対決は、私がコロンボ史上最高の「引っ掛け」と思った某作品へのオマージュであり、それを凌駕する試みでした。

 

おっと、そうした遊び心にも凝った作品ですが、読者に伝えたかったのは、ラスト一行に於ける犯人の慟哭ともいうべき心の声です。かつて太宰治は「たった一行を読者に伝えたいために、作家は延々と作品を書く」といった主旨の発言をしています。私もそう思うひとりですが、今回の作品は特にその傾向が強いものとなりました。

 

この「刑事花房京子」のシリーズは私にとって、倒叙ミステリーであると同時に心理ミステリーです。ひとつの事件に関わる様々な人間たちの心理の綾を解きほぐすことが、事件の解決に通じます。犯人の心の奥底に潜んだ本当の動機とは何だったのか……。静かな絶叫とも言うべきラストの一行を堪能いただければ幸いです。

 

『逆転のアリバイ』
香納諒一/著

 

【あらすじ】
宝石商の壬生真理子が夫と共謀する殺人計画。残るは殺害のみという状況下、予想外の人物が凶弾に倒れる。だが、それすらも「計画」を逆手に取った加害者の計算だった……。予断を持って捜査を進める集団の中、ただひとり花房は別の可能性を検討しはじめていた。

 

香納諒一(かのう・りょういち)
1963年神奈川県生まれ。91年、「ハミングで二番まで」で第13回小説推理新人賞を受賞しデビュー。99年、『幻の女』で第52回日本推理作家協会賞を受賞。著書に『完全犯罪の死角 刑事花房京子』など。

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