ryomiyagi
2022/06/27
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2022/06/27
光文社から『トキワ荘青春日記』が出版されるのは、今回で3回目となります。
最初の単行本は1981年にカッパノベルスから刊行され、トキワ荘ブームを巻き起こすきっかけとなりました。1996年にはトキワ荘を題材にした映画「トキワ荘の青春」(市川準監督)が公開されると、それに合わせて再編集され、『いつも隣に仲間がいた… トキワ荘青春日記』として出版されました。
そして、このたびの『トキワ荘青春日記 +まんが道』は、96年版の単行本がベースになっています。2020年にトキワ荘をそのまま復元した「豊島区 トキワ荘マンガミュージアム」がオープンし、トキワ荘への何度目かの再評価の機運が高まるなかでの出版です。
今回の単行本がそれまでのものと大きく異なるのは、藤子不二雄Ⓐ先生の自伝的漫画『まんが道』とその続編『愛…しりそめし頃に…』から、コマを挿絵として収録していること。もちろん発案者は藤子先生ご本人です。
申し遅れましたが、僕らは1986年から藤子不二雄両先生のファンサークル「ネオ・ユートピア」を運営しています。今回はカットの抜き出し役として先生直々にご指名いただき、参加する運びとなりました。
なにせ36年も前のことです。サークルを結成したころは高校生や大学生の集まりでした。僕らが藤子スタジオに顔を出しているとき、打ち合わせにきていた編集さんから「先生のファンクラブですか?」と尋ねられると、先生が「そう、ぼくの不安クラブ」と返すのが定番のやりとりでした。僕らとしては先生にいじってもらえたことが、ただただうれしいばかりでした。
そんな僕らに先生が役目を与えてくれたのだから、張り切らないわけがありません。
作業当初はごくごく即物的に、日記の印象的な出来事に対応する絵柄を抜き出していました。コーラスに参加しているところ、哲学堂公園を訪れているところ、松葉でラーメンを食べているところ――“人物が何かをしている絵柄”ですね。
しかし途中、「もう少しトキワ荘の建物内のカットを増やしたい」という意向が示され、さらにコマの選定を進めることになったのです。
漫画に登場する背景だけが描かれたコマは、ときに「捨てゴマ」などとも呼ばれ、単なる場面転換などを表現するもの、という扱いを受けることもあります。しかし『まんが道』に描かれた背景コマは、じつに魅力的です。
藤子 不二雄Ⓐ先生は特に背景にこだわるかたで、めったにない描き直しの指示が出るときはたいてい背景のコマだった、という証言は、複数のアシスタントのかたからもよくお聞きしました。
『まんが道』を描くうえで、先生がこうした背景のみのコマをいかに大切にしていたか。そんなことを今回の抜き出し作業を通じて考えました。
季節の変化はもちろん、降りしきる雨に閉ざされたようなトキワ荘、夜通しの仕事で集中した静ひつな夜、仕事をしながら迎えた朝の情景……繰り返し描かれるさまざまなトキワ荘のコマを見るにつけ、漫画仲間たちと過ごしたこのアパートに対する深い思い入れが、あらためて伝わってくるようでした。
ところで、『トキワ荘青春日記』はトキワ荘時代を中心に書かれていますが、全25巻の電子書籍版『まんが道』でみると、上京するのが12巻、トキワ荘に引っ越すのはなんと17巻になってからです。
では、上京前の『まんが道』でたっぷり描かれているのは何か? それは、藤子不二雄のふたりが出会った高岡の風景です。
通学路でもあった高岡古城公園の二つ山、ふたりが足しげく通った書店、あこがれの同級生の逢瀬を目撃した高岡大仏の境内といった具合に、高岡の魅力的な情景がふんだんに描かれており、こちらにも心惹かれます。
僕らも『まんが道』をガイドブックがわりに、何度も高岡に“聖地巡礼”に訪れました。今回の『トキワ荘青春日記 +まんが道』を読み、登場する風景に興味を持たれたかたはぜひ、漫画作品『まんが道』『愛…しりそめし頃に…』もお読みください。
高岡や、上京直後に下宿していた両国、そして先生が生涯愛情を注ぎ続けたトキワ荘の情景。発展目覚ましい漫画界で、波乱に満ちながらも健闘を続ける若き漫画家たちの生きざまに、きっと引き込まれると思います。
かつての“不安クラブ”が、少しでも先生や読者の方々のお役に立てたのなら、これに勝る喜びはありません。
文・秋山哲茂
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