『揚羽の夢 知らぬ火文庫』著者新刊エッセイ 朱川湊人
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ryomiyagi

2022/06/29

負け犬長明、落ちぶれ平家

 

高校の時に授業で『方丈記』を学び、大学一年の時に『平家物語』に手を出して以来、私の中で古典と言えば、その二つが特に重要な位置につくようになった。むろん『今昔物語』などの不思議系も大好物なのだが、両作品に満ちている無常感に、若い頃の私はグッと来てしまったのだ。何より両方とも、“ダメな人たち”の話であるのがいい。

 

『方丈記』の筆者である鴨長明は、人もうらやむほどの神職の家に生まれ、父の七光りのおかげで高い官位を授かったりしていたが、その父が亡くなったとたん、てんでダメになってしまった。跡を継ぐこともできず、結局は何者にもなれないままの人生だ。ようやく風向きがよくなってきたかと思うと親類から足を引っ張られ、ついには世捨て人となって、山中の小さな庵で生涯を閉じた。今どきの言葉で言えば、“負け犬”ということになるであろうか。

 

『平家物語』で語られる平家の人々も、似たようなものだ。平清盛が偉大過ぎ、一気呵成に一門が出世したのは良いけれど、その跡を継げる人材に恵まれなかった。ついには揃って都落ちして流浪の身となり、やがては滅亡へと至るわけだが、まさしくジェットコースター並みの落ちぶれ方である。

 

おまけに彼らの生きた時代は、言うまでもなく戦乱が絶えず、飢饉と疫病、さらには大地震にも苦しめられた。どちらも八百年近く昔に書かれた書物であるが、この世の悲劇の種類や形は、すでに今と変わらなかったのであろう。

 

そんな世にあっても長明や平家一門の人々が、一抹の生の煌めきを大切にしているのは、さすがとしか言いようがない。浄土思想のような時代的な差異はあっても、彼らは“よく生きること”を否定していないのだ。その一点こそが、彼らに惹かれてしまう大きな理由であろう。

 

そんな彼らに私なりに近づいてみたのが、六月に刊行される『揚羽の夢 知らぬ火文庫』である。御手に取っていただければ、幸いである。

 

『揚羽の夢 知らぬ火文庫』
朱川湊人/著

 

【あらすじ】
平安鎌倉の世を襲う疫病、地震、そして戦争。壊れゆく都で、若き日の鴨長明が見た、虚無と無常。八百年の時を超え、今、私たちの心を震わせる、儚く切ない物語集。直木賞作家が『方丈記』『平家物語』を奔放にアレンジ!

 

しゅかわ・みなと
1963年、大阪府まれ。2002年、「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。’03年、「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞受賞。’05年、『花まんま』で直木賞受賞。

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