BW_machida
2021/09/25
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2021/09/25
『星のように離れて雨のように散った』
文藝春秋
島本理生さんの新刊『星のように離れて雨のように散った』は創作小説を修士論文に、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』と宗教観を副論文に書こうと取り組む大学院生・原春が、周囲の人々と関わり合いながら、心の奥底に封じていた思いと向き合い、人生の歩みを進める長編小説です。
「宮沢賢治の作品は昔から読んではいましたが、あんまり好きではなくて……。理不尽だったり唐突に怒ったりする一方で、自己犠牲の精神にあふれていたり、ラストが激しかったり。死の気配と生命力の強さが混在しているのも違和感がありました」
好きではないはずなのに、デビュー作や『よだかの片想い』など島本作品にはなぜか賢治の小説が断片的に登場しています。
「苦手だと思っているのに、なぜそんなことになるのか気になっていました。ただ、アニメの『銀河鉄道の夜』はビデオで繰り返し見た記憶があったんです。この『銀河鉄道の夜』は改稿が重ねられたのに未完ですが、いまだに多くの人を引きつける作品です。しかも賢治は法華経信者だったのに、この作品にはキリスト教的な要素もある。それで文学的にも宗教的にも読み解いてみたいと考えていました。
そんななか、新型コロナウイルスの蔓延で取材に出られなくなってしまいました。それで前から考えていた日本文学科の女の子が宮沢賢治を研究対象にする話を書きたい、と。コロナ禍で大勢の方が生き死にについて考える今だからこそ、賢治の死生観を見直してみたいとも思いました」
春には3歳年上の恋人もいれば文学について自由闊達に語り合える友達もいます。ですが、自分の心のうちがよくつかめず、他者との関係においても今ひとつ踏み込めない何かがありました。春は幼いころに父親が失踪したことが関係していると考えます。
「私も5〜6歳のころ、父が失踪したんです。はっきり知ったのは大人になってからでしたが、それでも自分の人生にとって大事な人が説明もなく突然消えるのはショックです。残された人はどう生きていけばいいのか……。春に自分を投影した面はありますね」
そんな春は「気持ち悪い」という言葉をたびたび使いますが、島本さんは最後までこの言葉の意味がわからなかったと続けます。
「主人公や自分の無意識まで降りていって探り続けました。そうしてある日、人との境界が曖昧で関係性を無視した幼さを押し付けてくる人を〝気持ちが悪い〟と気づきました。自分の中に解消できていない時間があって、それが現在と行き来してしまうとき、人は他人との距離がおかしくなることがあると思ったんです。
これまで恋愛を掘り下げる小説を書いてきて、主人公はいつも自分一人で結論を出そうとしていました。でもこの小説は、もっと開かれた他人との関係性の物語。複数形のコミュニケーションを取るなかで広がる関係もあると思います」
ページをめくっていくうちに、心の奥深くに封じ込めていた孤独の形を知り、楽になる道筋が見えてくる一冊です。読後に広がる爽やかな余韻も楽しんで。
PROFILE
しまもと・りお●’83年、東京都生まれ。’98年「ヨル」で『鳩よ!』掌編小説コンクール年間MVPを獲得。’03年『リトル・バイ・リトル』で第25回野間文芸新人賞、’15年『Red』で第21回島清恋愛文学賞、’18年『ファーストラヴ』で第159回直木賞受賞。
聞き手/品川裕香
しながわゆか●フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より本欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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