ryomiyagi
2022/01/11
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2022/01/11
フタル酸エステルは、とても多様なグループであり、次の章で肥満や代謝、生殖への影響をもたらす可能性がある。だが曝露の明確な痕跡を残さないので、成長途中の幼い子の脳にどんな影響を及ぼすのか推定できない。
フタル酸エステルへの曝露を減らす簡単な手だては、生鮮食品を食べることだ。この点をはっきりさせた研究では、通常の食事から、缶詰食品を使わず、プラスチックにほとんど触れないようにして用意した「特別な」食事に変えた五つの家族について、追跡調査をおこなった。すると、フタル酸エステル――とりわけフタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)――の代謝産物のレベルが53〜56%低下した。被験者が通常の食事に戻すと、そのレベルはすぐにまた上昇した。
ガラス容器を使えば心配はまったくなくなるが、それが現実的でない場合もある。多くの学校は、保安上・安全上の理由でガラス容器の使用を許していない。ステンレス製を使うことも考えよう。どうしてもプラスチック製の容器を使わざるをえない場合は、正しく使うことだ。
・プラスチック製容器が使い捨てのものなら、再利用してはいけない。再利用すると、EDCのリスクに加え、細菌で汚染される可能性も増す。
・プラスチック製容器の底などに表示されているリサイクル用マークのナンバーを見てほしい。米国では3ならフタル酸エステルが使われているので、液体や食べ物が汚染される可能性が増す[訳注/日本では材質表示は推奨のみで必ずあるとは限らないが、プラマークの近くにPVCとあるのが米国の3に相当する]。
・プラスチックを電子レンジで加熱してはいけない。顕微鏡レベルでプラスチックを溶かし、食べ物に入れることになる。電子レンジで加熱しても安全なプラスチックなどといったものはない。
・プラスチックを食器洗い機で洗ってもいけない。刺激の弱い石けんと水で手洗いしよう。刺激の強い洗剤はプラスチックを腐食し、液体や食べ物へ多く吸収させてしまう。
・プラスチック製の食品容器が腐食していたら、もう捨てるときだ。腐食していると、しみ出す可能性が高くなる。
多くの化粧品や香水に見つかる低分子量のフタル酸エステルに、私たちの体内の性ステロイドを攪乱する心配がないわけではない。良いニュースは、いくつもの企業が、「安全な化粧品キャンペーン」などの組織と密接に協力し、自社のローションやクリームからフタル酸エステルを排除すると約束したことである。また環境ワーキング・グループは、「スキン・ディープ(Skin Deep)」という総合的でとても利用しやすいデータベース(ewg.org/skindeep)を運営し、成分についてわかっている事実をまとめ、リスクがとりわけ少ない化粧品を紹介している。あなたは成分表示を見て、「香料」やフタル酸エステルが含まれている製品を避けることもできる。マニキュアやヘアスプレーやデオドラントには、フタル酸エステルが含まれていることが多い。若い女子を対象とした最近の研究では、フタル酸エステル、パラベン、トリクロサン、ベンゾフェノンがないと表示されている日用品を選ぶと、内分泌攪乱物質の可能性がある物質への曝露を27〜44%減らせることがわかっている。
BPAは甲状腺の機能を攪乱して、皮質――脳のなかで、ヒトに固有の非常に多くの機能とかかわっている部位――の発達中に甲状腺ホルモンの結合を妨げるおそれがある。
ヒトのBPA曝露には、主なルートがふたつある。缶詰食品や缶入り飲料と、感熱紙のレシートだ。ふたつのうち飲食物はとりわけ問題となる曝露のルートで、とくに子どもの場合、このルートが曝露の99%を占める。このことのさらなる裏づけは、家族の食事を生鮮食品に変えた先述の研究で得られており、BPAレベルも66%低下している。別の研究では逆のことをおこない、毎日、缶詰のスープを何度も食べさせたところ、BPAのレベルは1200%を超える急上昇を示した。缶詰食品を食べるのをやめると、尿中のBPAのレベルが90%以上も低下しうる。中身の酸性度があるレベルに達していると、BPAが多少なりとも溶け出し、缶入りの炭酸飲料であれ、缶詰の野菜であれ、あらゆる飲食物にかなりよく入り込む。
BPAが使われた缶に代わる、安全な選択肢もいくつかある。紙製の容器に入った食品を選べば、缶をまったく使わずに、食物が媒介する微生物による病気も防げる。一部の企業は、オレオレジンという天然由来の内面コーティング剤を使うようになっており、これは現在使われているポリカーボネート樹脂に比べてやや値段が高い(ひと缶あたり2.2セント)。本書で前に触れたように、私たちは、BPAを健康に影響しないものに置き換えた場合に考えられるコストとメリットを計算し、ほぼ相殺されることを明らかにした。計算の不確かさを考慮した一部のケースでは、BPAを置き換えるメリットがコストを上回っていた。
それなのに、缶詰食品や缶入り飲料でBPAの使用を禁止することについてはまだ反対が多い。BPAを、構造の似た化学物質ビスフェノールS(BPS)に置き換える動きも進んでいる。BPAの重要な炭素原子の代わりに硫黄(S)が入った物質である。BPSのほうがもっと環境に残りやすく、またBPAと同じくエストロゲン様作用があるようだ。BPSは、曝露のもうひとつのルートにあたる感熱紙のレシートに、BPAの代わりに使われてもいる。最近までBPAは、プラスチック製の飲料水ボトルにも使われていた。どのボトルにBPAが使われているのかは、底のリサイクル用マークのなかに数字の7が記されているのでわかる[訳注/日本ではプラマークのそばにPCと記されたものが該当する]。したがって、BPAやBPSへの曝露を減らす方法としてさらに、「BPAフリー」や「BPSフリー」と表示されたボトルを買うか、数字の7が記されたボトルをいっさい買わないようにする手もある。
出生前の甲状腺ホルモンに、ひいては脳の発達や機能に影響を及ぼすという間違いない証拠があるもう一種類の化学物質は、おおまかに難燃剤と呼ばれるグループである。難燃剤は、発泡材の入った家具、合成繊維、敷物、床板に含まれている。このなかで最も懸念されている化学物質は、主に炭素と臭素からなるもので、とくにポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDE)だ。
難燃剤についての研究によれば、あなたは家にあるすべての家具を急いで処分する必要はない。ありがたいことに、いくつかの簡単な手だてで、今すぐ家庭でそうした化学物質への曝露を減らせる。
・発泡材がむき出しになった古い家具は、取り替えるか、布のカバーをかける。
・元来燃えにくい、天然繊維(ウールなど)でできている製品を買う。
・窓を開けよう! 外の空気は難燃剤の化学物質の濃度が低く、毎日何分か換気をすれば、ほかの残留化学物質も取り除ける。
・頻繁にHEPAフィルター(高性能微粒子フィルター)付きの掃除機をかけ、モップで水ぶきをして、家電やじゅうたん、家の内外の備品からの汚染物質が混じった埃がたまらないようにする。
・子どもに難燃剤の入ったものをさわったり口に入れたりさせない。
・十分なヨウ素の入った健康的な食事をとるようにする。2007年に世界保健機関(WHO)は、世界で20億人が十分なヨウ素を摂取していないと報告した。ヨウ素は甲状腺の機能にとって欠かせない。海藻にはそれがとりわけよく含まれている。魚介類や乳製品、クランベリーやイチゴにも多い。
ところで、ここに示した手だての背後にある証拠について、いくつか注意をしておかなければならない。予防のためにおこなう介入措置は、必ずしも期待どおりの結果をもたらさない。シアトルの小児科医で研究者でもあるシーラ・サティアナラヤナが、複数の家族に対し、食事を変えてフタル酸エステルへの曝露を減らすという介入をおこなったところ、おかしな結果がもたらされた。介入群のほうがフタル酸エステルのレベルははるかに高かったのだ! そこで被験者の食事の成分をくまなく調べるという大変な作業をおこなったところ、被験者に提供されたコリアンダーがプラスチックの粒子でうっかり汚染してしまうやり方ですりつぶされていて、しっかり包装された食品を食べたときに予想されるようなフタル酸エステルのレベルの急増をもたらしたことがわかった。
私たちは、実験室の状況を実生活に再現し、あらゆる曝露の要因をコントロールできるものと考えている。それで多くはコントロールできるが、このような結果は、もっと全体的な変化の必要性を証明している。
「否定的な」結果だと誤解されたもうひとつの例として、エクセター大学のタマラ・ギャロウェイらがおこなった市民科学研究[訳注/一般市民が参加・協力する科学研究]もある。彼らは学生たちと協力し、人々がBPAの混入を評価し、みずから曝露を抑えることができるように、採点の尺度を考案した。だが曝露量はもともと低く、研究者たちはBPSやBPFのようなビスフェノール代替物を測定していなかった。尿中のBPAレベルは、介入前と比べて介入中に有意な差を示さなかった。研究の計画が悪かったのか? そうではない。ビスフェノール類は、食品だけでなく、感熱紙のレシートやポリカーボネート樹脂、歯の詰め物にも広く行きわたっているのだ。
家庭環境にだけ目を向けるのは、あまりにも見方の狭いアプローチかもしれない。曝露の科学研究と内分泌攪乱物質の測定をリードするひとり、ニューヨーク州保健局のクルンサチャラム・カンナンの話を聞いてみよう。彼はたぶん、この分野で私が知るかぎり最高に謙虚な人物だが、恐ろしい現実を発表している。「私たちは毎日、プラスチックを0.5ミリグラム食べています」と彼は説明する。「腸にプラスチックボトルの蓋が詰まった魚を目にするような形で見えるわけではありませんが、同じプラスチックが、顕微鏡で見えるぐらいかもっと小さい粒としてそこにあるのです」。また、スーパーで購入したさまざまな食品、日用品、家庭の埃で測定したフタル酸エステルのレベルについても、データを示している。彼は、こうしたものでは、人々を対象に測定されているレベルにもとづく体内曝露量の5分の1しか説明できない、と推定している。ならば、隠れたフタル酸エステルは皆どこにあるのだろう? 職場のほか、通勤通学に使う車や地下鉄やバスなど、ふだんの暮らしで訪れる場所を考えよう。もっと広範なアプローチを採用して、そもそもこうした曝露がなくせたらどうなるだろうと考えてみてほしい。
身のまわりに化学物質があふれ、その危険性の調査は厄介で物議をかもすという事実に、私たちはくじけてしまうのだろうか? そんなことはない! こんな状況でも、多くの介入が実際に功を奏し、良い成果を上げていることは、注目に値する。介入の成功は、もっと幅広い変化の必要性を裏づけている。こうした手だての多くは家庭に的を絞っているが、人々の多くは週末や夜をそこで過ごしているにすぎない。公共スペースのすべてが、化学物質への曝露をもたらすおそれがあるのだ。私は、このような問題の解決は政策だけが頼りだとは思っていない。もっと幅広い活動の必要性について話を進めよう。私たちは、だれもが恩恵をこうむるように、自分たちの購買行動を利用してシステムを変える必要がある。
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