鎌倉は、いつ「武家の古都」となったか|高橋慎一朗『幻想の都 鎌倉』
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ryomiyagi

2022/07/29

 

古都・鎌倉は人口17万人の小都市でありながら、年間2千万人もの観光客が訪れる人気観光地である。この街が多くの人を惹きつけてやまないのは、歴史ある神社仏閣や豊かな自然環境にあることは間違いないだろう。しかし、鎌倉にはかつての武家政権の拠点を偲ぶことのできる史跡はなく、武家の古都を実感するのは難しい。興味深いのは、それにもかかわらず鎌倉に来る人々が「武家の都であったころの光景に思いを馳せている」ことだと著者は指摘する。

 

「鎌倉はさまざまな歴史的な事件の現場であり、歴史上の人物が活躍した舞台であったことから、ゆかりのある場所や建物は名所旧跡となり、観光資源となっていた。時代が下るにつれて、新たな伝説や歴史物語も生まれ、それにちなんだ名所旧跡がさらに追加されていったのである。」

 

たとえば、鶴岡八幡宮。ここは源実朝が公暁に暗殺された現場だが、公暁が境内の銀杏の木に隠れていたという説が近世に登場するや否や、この歴史物語を具体化する銀杏の木が新たに名所として追加されたという。中世の鎌倉に関する事件や人物を題材にした歌舞伎が作られたこと、曽我兄弟や新田義貞の鎌倉攻めといった歴史物語を題材にした浮世絵の存在もまた、幻想の都としての鎌倉を後押しした。こうして新たに生まれた歴史物語の演劇や絵画に触れたことで「幻想の古都が、人々の頭の中でさらに増殖してゆく」構図ができあがるわけだが、実際にその舞台となった場所を訪れたくなる気持ちは、アニメや漫画のファンが思い入れのある場所を聖地として巡る「聖地巡礼」に近しいものを感じる。

 

この本は、かねてからの私の疑問も解決してくれた。ずっと不思議だったのだ。どうして江の島の風景を描いた浮世絵はたくさんあるのに、鎌倉の町や寺社を描いた浮世絵は少ないのか、と。本書によれば、近世の鎌倉観光は江の島詣の人気に依存していたという。

 

「江戸からの客を中心とする鎌倉観光のコースは、江ノ島や金沢八景とセットになることが多かった。現在は江ノ島は藤沢市に、金沢八景は横浜市にそれぞれ属して、行政区分は異なっているが、鎌倉時代から鎌倉と江ノ島・金沢との関係は極めて密接であった。」

 

弁財天を祀る江ノ島は、鎌倉幕府から厚い信仰を受けた聖なる島だった。鎌倉の境界の地として幕府の命令で祈祷・祭祀が行われ、徳川家も江ノ島を深く信仰し、将軍が病気の際には祈祷を命じていたという。「江ノ島詣」は江戸庶民のあいだでも人気が高かったようだ。島内には多数の旅籠があり、新鮮な魚介を中心とした豪華な食事が人気を集めたらしい。こうした江ノ島の人気に引っ張られるようにして鎌倉見物の客も増えていった。

 

「おしゃれな海街」として若い世代にも人気の鎌倉だが、町なかで見かける洋館やレトロな商店の多くは昭和になってから建てられたものだという。とすると、現在の鎌倉がどれほど古都の姿を伝えているのかは甚だ怪しい。本書を読み進めるうちに何度か鎌倉の幻想に裏切られた気持ちになったが、心配はいらない。鎌倉の魅力は歴史を知るほどに大きくなっていくのだから。

馬場紀衣(ばばいおり)

馬場紀衣(ばばいおり)

文筆家。ライター。東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。
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幻想の都 鎌倉

幻想の都 鎌倉都市としての歴史をたどる

高橋慎一朗

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