残念ですが、人はだまされやすいのです
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前回のコラムでは、地球温暖化を疑う人たちの実態を紹介しました。疑いを差し挟む人たちは政治的な打算で行動しているとか、石油業界からの資金を目当てにしているとか、良くないイメージでみられがちのように感じました。でも、地球温暖化を疑う人がみんな計算高く、政治的であるというわけではありません。南部アラバマ州の炭鉱を2018年8月に取材で訪れ、そこで働く人たちの話を聞いた時、私はそう思いました。彼らの地球温暖化を疑う思いは、仕事や家族への愛情から生まれているように感じられました。そして、地球温暖化をめぐるコミュニケーションの難しさも実感しました。

 

「見捨てられた人」の熱狂

 

私が取材で訪れたアラバマ州ジェファーソン郡は、豊富な石炭埋蔵量を誇るアパラチア山脈の南端に位置します。歴史が古く、19世紀前半から炭鉱でにぎわってきた地域です。

 

ここで1988年から石炭を採掘する会社を営んできたランディー・ジョンソンさんは、2014年に炭鉱を閉鎖します。

 

「オバマのせいで、物事が悪い方向に進んでいたからだ」

 

ジョンソンさんはオバマ前政権を批判します。

 

「政府が我々を助けるのではなく、傷付けたんだ。連邦政府が我々を徹底的にやっつけようとしていたんだ。まったく理解できないよ」

 

目を見開いて真正面から私を見つめて話すジョンソンさんのむき出しの敵意に、私はたじろぎました。

 

ジョンソンさんは、オバマ前政権が進めた地球温暖化対策が石炭生産にブレーキをかけたと考えています。事実、オバマ前政権は、天然ガスや石油に比べて燃やした時に多くの二酸化炭素を排出する石炭の利用に規制をかける政策を進めました。

 

「国のエネルギーを支えている」――。そんな自負を持って働いていた炭鉱労働者は、環境に害を与えているとみられるようになったのです。米労働省によると、オバマ氏が就任する前の2008年に8万人前後だった炭鉱労働者は、8年間でほぼ半減し、2016年には5万人を下回りました。

 

そこに登場したのがトランプ氏だったのです。

 

大統領選の集会では自らヘルメットをかぶり、穴を掘るしぐさをして叫んでいました。

 

「炭鉱の仕事を取り戻す」

 

オバマ前政権下で「見捨てられた」と感じていた石炭産業の関係者は熱狂し、トランプ氏の強力な支持者となりました。

 

トランプ氏が大統領に就任すると、トランプ政権は環境規制の大幅な緩和を進め、石炭産業には希望が戻ります。

 

ジョンソンさんは2018年7月、炭鉱を再開します。

 

「トランプが大統領になって石炭業界に希望と熱狂をもたらした」

 

と、再開のワケを話してくれました。そして、

 

「クリントンが勝っていたら再開なんて考えもしなかっただろう」

 

と打ち明けてくれました。

 

掘削機には「TRUMP」の文字

 

ジョンソンさんは、炭鉱再開にあたって購入した270万ドル(約3億円)の掘削機に、特注で白く「TRUMP」の文字を書き込みました。

 

オバマ前政権への怒りを語り、トランプ大統領への支持を話すジョンソンさん。後ろの掘削機には「TRUMP」の文字を特注で書き込んだ(2018年8月、アラバマ州ジェファーソン郡)

 

次に買う掘削機には「MELANIA(メラニア)」と大統領夫人の名前を刻むつもりだといいます。

 

2018年6月には、ホワイトハウスのトランプ大統領宛てに手紙まで送ったそうです。

 

そこには、次のように書かれていました。

 

「戦いを続けてくれ。俺たちはこれからも応援する」

 

地球温暖化の話をすると、ジョンソンさんは次のように語りました。

 

「オバマ政権は、自分たちが言ってほしいことを言う科学者を雇って大金を払った。民主党は地球温暖化の影響を語ることで、人々を怖がらせている。でも、俺は地球温暖化は信じない。結局は、どっちの側に付くのかという話だ。俺は共和党を信じるよ。そして、共和党の応援を続ける。今の流れを続けることが大事だ。それができなければ、俺たちは敗者になる」

 

ジョンソンさんは「結局はどちらの側に付くかという問題だ」と、敵か味方かという構図で地球温暖化問題をとらえていました。そういう考え方をしている人たちに、科学的な研究成果を一つ一つ論理的に積み上げて説明しても、伝わることはないでしょう。具体的にいえば、例えば「97%の科学者が温暖化に同意している」とか「人為的な地球温暖化は異常気象を増やし、日々の生活に影響している」といった温暖化対策を進める人たちの決まり文句はジョンソンさんに話しても意味がないということです。

 

「それは民主党の科学者が言っていることだろう。俺は信じないよ」

 

ジョンソンさんなら、きっとそう反論するでしょう。

 

進化論を否定する人たちが篤い信仰を胸に秘めて生きている人たちだとすれば、地球温暖化を否定する炭鉱労働者は自分たちの生活、そして家族を守ろうと真面目に生きている人たちなのだろうと私は感じました。科学不信を募らせるきっかけは、テーマによっても人によっても、それぞれなのです。

 

「残念ですが、人はだまされやすいのです」

 

アメリカで取材すると、炭鉱現場は、一見、活況に沸いているように見えましたが、石炭産業の今後について専門家の見方には厳しいものがあります。

 

米エネルギー情報局によると、アメリカでの2008年の石炭生産量は約11億トンでしたが、2018年には約7億トンと、約4割もの大幅な減少となりました。ジョンソンさんたち石炭業界の人たちは、オバマ前政権の規制のために苦境に陥ったと考えていて、トランプ政権の規制撤廃で生産は上向くと期待しています。

 

しかし、コロンビア大学グローバル・エネルギー政策センター(ニューヨーク市)が2017年に発表した報告書によると、こうした石炭産業の衰退は、技術の進歩に伴う天然ガス生産量の増加や再生可能エネルギーの普及が主な原因で、オバマ前政権による規制の影響はごくわずかでした。つまり、規制を撤廃しても、長期的な衰退傾向を反転させることはできないとの見方が一般的なのです。実際、トランプ政権は規制緩和を進めていますが、アメリカ国内の石炭消費の減少に変わりはありません。

 

ジョージ・メイソン大学(南部バージニア州)のアンドリュー・ライト教授(気候変動政策)は次のように指摘します。

 

「トランプ大統領が炭鉱労働者に与えているのは、偽りの希望だ」

 

大統領選で争った民主党のヒラリー・クリントン氏は、炭鉱の再興を訴えるのではなく、仕事を失った炭鉱労働者に職業訓練の機会を作り、炭鉱業が衰退しても再雇用に道を開く政策を訴えました。

 

そのことについてライト教授は「トランプ氏の石炭再興は人々を欺いているともいえるが、その訴えは人々の心に響いた。一方、クリントン氏は自分の政策やトランプ氏の訴えが誤りであることを十分に伝えられなかった」と指摘します。

 

炭鉱でインタビューしたジョンソンさんは、クリントン氏が訴えた職業訓練の話は知っていましたが、「炭鉱で働いてきた俺たちは『いらっしゃいませ』なんで上手に言えないんだ」と話しました。

 

理屈で考えれば産業の先行きは暗く、就業の機会を増やす職業訓練は合理的に思えます。長い目で見れば、クリントン氏の政策のほうが炭鉱労働者に役立つでしょう。しかし、炭鉱で働いてきた人たちは、炭鉱が好きなのです。

 

ライト教授の両親は、炭鉱業が盛んだった南部ウェストバージニア州の出身だといいます。その両親は石炭産業で働いていたわけではありませんが、2人ともトランプ氏に投票したそうです。

 

父親はもともと保守的な考えを持っていたので当然といえば当然ですが、母親はトランプ氏に投票した理由を「炭鉱労働者のことを気にかけてくれる唯一の候補だから」と話したといいます。

 

ライト教授は、オバマ政権時代に国務省で気候変動問題に関する上級顧問を務めるなど民主党寄りの知識人で、クリントン氏が大統領選に勝っていれば、再び政府の要職に就いた可能性は高かったでしょう。

 

「母は、私がやっていることを理解し、応援してくれる」とライト氏は私に言いました。「それでも、自分が育った地域のことを心配してくれるように姿勢を見せたトランプ氏により魅力を感じた。それが『偽りの希望』だったとしても、トランプ氏のメッセージは極めて効果的だった」

 

私が

 

「あなたが育った家庭は教育水準が高いと思えるのに、『偽りの希望』にだまされてしまうのでしょうか。不思議です」

 

と問いかけると、ライト教授は静かに次のように答えました。

 

「残念ですが、人はだまされやすいのです」

 

※本稿は、三井誠『ルポ 人は科学が苦手』(光文社新書)の内容の一部を再編集したものです。

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ルポ 人は科学が苦手

ルポ 人は科学が苦手アメリカ「科学不信」の現場から

三井誠(みついまこと)

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