akane
2018/02/06
akane
2018/02/06
トランプ大統領の主要な支持層と言われる、白人貧困層。「ヒルビリー」とも言われる彼らの実態について書かれた本が、アメリカで売れ続けています。その邦訳版の刊行にさきがけ、本文の一部を少しずつ紹介していきます。
前の晩から祖母のところに泊まっていた私が、学校へ行く準備をしていると、取り乱した母が息を切らして部屋に入ってきた。看護師免許を更新するためには、看護協会が実施する無作為抽出の尿検査に応じなければならない。その日のうちに尿を提出するようにと、朝、電話がかかってきたという。
母は当然の権利といわんばかりに、私に高圧的に尿を渡せと言った。良心がとがめているふうはなく、まちがったことに加担させようとしている自覚もないようだ。それに、二度とドラッグはやらないという約束をふたたび破っているにもかかわらず、まったく罪悪感が見られなかった。
私は断った。すると母はころっと態度を変えて、言いわけがましく必死にすがりついてきた。涙を流して懇願するのだ。「これからちゃんとするって約束するから。約束するから」。
それはこれまで何度も聞いてきたセリフで、これっぽっちも信じられなかった。とにもかくにも母は生き抜いてきたのだと、リンジー(注:著者の姉)が言っていたことがある。子ども時代を生き抜いて、やってきては去っていく男たちとの生活を生き抜いた。数々の警察沙汰も生き抜いてきた。今度は、看護協会との攻防を生き抜くために、ありとあらゆる手を尽くそうとしている。
私はついに怒りを爆発させた。「クリーンな小便が欲しいんなら、つまらないことはやめて、自分の膀胱からとれ」。そう言ってやった。祖母にも、「ばあちゃんが甘やかすからいけないんだ、30年前にちゃんと止めとけば、自分の息子にクリーンな小便をせがむようなやつにはならなかったんじゃないのか」と言った。母には、「クソみてえな親だ」と言い、祖母にも、「おまえもクソみてえな母親だ」と言い放った。祖母の顔からさっと血の気が引き、私と目も合わせようとしなかった。私が言ったことがあきらかに気にさわったのだろう。
私が言ったことは本心だった。だが、それだけでなく、私には自分の尿がクリーンではないかもしれないという不安もあった。母はソファにへたりこんで、声を出さずに泣いていた。祖母は私の非難に傷ついてはいただろうが、そう簡単にへこんでしまう人間ではなかった。私は祖母をバスルームに引っ張り込んで、耳もとで打ち明けた。ここ何週間かで2度、ケン(注:母の恋人)のマリファナを吸った。「だからだめなんだよ。おれの小便を持ってったら、2人ともやっかいなことになるんだ」。
それを聞いた祖母は、まずは私の不安を取り除こうとした。3週間でマリファナ2本程度なら、検査に引っかかることはないと言ったのだ。「それに、どうせろくに吸い方だって知らないだろう。くわえてみただけで、吸い込んじゃいないよ」。
次に道理を説いてきた。「まあ、たしかに正しいことじゃないけどさ。おまえの母さんだし、あたしの娘じゃないか。助けてあげたら、今度こそ反省するんじゃないかね」。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.