「その史料は“使える”のか?史料批判について」歴史小説家の地味~な日常#2
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『賢帝と逆臣と』(講談社文庫)や『劉裕 豪剣の皇帝』(講談社)などの著書を持つ歴史小説家・小前亮先生による、“キャラ重視の人物事典”『世界史をつくった最強の300人』がついに文庫化! 世界の偉人たちのアクの強いエピソードを多数紹介した本作は、ひとりひとりが小説の主人公になりそうな程キャラが濃い!

 

これだけネタが豊富なら「小説を書くのに困らないのでは?」と思いきや……。

 

歴史を小説に昇華するのにはさまざまな苦労と過程が。歴史小説ができるまでの舞台裏を教えていただきました。

 

どんな史料であれ、すべて信用することはできない

史料批判はまず、その史料が本物かどうか確かめることからはじまります。

 

例は少ないですが、偽史料というのは実際に存在して、「ユダヤ議定書」や「竹内文書」などの事件が知られています。二十世紀の末に発覚した旧石器捏造事件もその一種といえるでしょう。

 

次に、その外形と来歴を確認します。信頼できる校訂本が出版されていれば問題ありませんが、写本であれば、途中で異同が生じている怖れがあります。

 

いよいよ内容の検討に入ります。

 

あらゆる文献史料は、何らかの意図のもとに書かれています(落書きにだって理由があります)。

 

その意図が「事実の記録」であれば、信用してもいいでしょう。ただし、これは土地台帳とか帳簿とか、単なるデータにすぎない場合が多くなります。

 

日記や歴史書などでは、より綿密な検証が必要です。書いたのは誰でどういう立場にあるのか、書かれたのはいつか、発表されたのはいつか、それらの情報をふまえたうえで、内容の真偽や誇張のほどを判断します。

 

たとえば、暴虐な君主が統治する時代に、政治を非難するような本は発表できないでしょう。国家編纂物には政治的意図が混じるし、年代記などでは過去を賛美します。日記や自伝では、自己を美化したり卑下したりします。これらは真偽はもちろん、何を書いて何を書かないかにも影響してきます。

 

こう説明してくると、何もかも信用できないように思われるかもしれません。

 

事実、ひとつの史料で史実を確定させることは難しいものです。

 

史料批判をおこなったら、複数の史料をつきあわせていくことになります。

 

異なった系統の複数の史料が一致すれば、確かさは増し、史実とみなせるようになります。史料がたくさんある時代や地域では、他国の史料とつきあわせるとよいでしょう。古代では、文献史料の記述が遺跡発掘の成果で裏付けされる、というのがよくあるパターンです。

 

誰もが伝説だと思っていたトロイが実在を証明されたり、大げさだと思われていた始皇帝陵に関する『史記』の記述が真実と認められたり、と、考古学的発見は、鮮やかに認識を改めてくれます。

 

【続く】

 

※この記事は『世界史をつくった最強の300人』より一部を抜粋して作成しました。

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小前 亮 こまえ りょう

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