デザイナーの感性はどこからやってくる?『白百』

大杉信雄 アシストオン店主

『白百』中央公論新社
原研哉/著

 

1968年に作られたスタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』が国立映画アーカイブで70ミリシネスコと呼ばれる大画面で再映され、映画ファンの間で大きな話題になっている。ストーリーが難解なことで知られる映画だが、もともとこの作品の狙いは映画館の巨大スクリーンで視野いっぱいに広がる映像の中に観客を没入させる、というところにある。この機会にこの映画を観直したが、印象に残るのは圧倒的な「白」と「黒」の世界だった。
真っ白な月を背景にして広がる真っ黒な宇宙空間。その中を進むPodという名の丸い小型宇宙艇の輪郭がはっきりと明確なのは宇宙空間では太陽光が一方からしか当たらず、空気が存在しないからだ。当時最新の宇宙写真を入手し分析してこの映像が作られたそうだが、元々はカメラマンだったというキューブリック監督はきっと白と黒の色が好きなのだろうと感じながら、作品世界に没頭した。

 

2001年宇宙の旅 HDデジタル・リマスター

 

この映像体験の後でプロダクトデザイナーの深澤直人の講演を聴き、その後、直接話をうかがった。深澤は「白」や「黒」を好まない、好きなのはその中間にある「グレー」なのだという。デザインの世界では知られた色見本「パントン」には「cool gray」という色がある。ところがこの色、深澤にはどう見ても「cool」には感じられず、どこか暖かみを持った色に思えるので、自分の中では「warm gray」と呼んでいるのだ、と教えてくれた。実際に深澤がデザインしたプラマイゼロ、NAVA、SIWA・紙和、無印良品の製品にもこの「warm gray」の色が使われている。

 

一方、同じ無印良品のボードリーダーであり、深澤と活動を共にすることも多いグラフィックデザイナーの原研哉からイメージする色は「白」だ。2003年に発表された横長の、まるで70ミリのシネスコ画面のような巨大なポスターに広がる、地平線。大地は真っ白で、そこにポツリと人のような黒い物体があり、「MUJI」というロゴが浮かんでいる。原が無印良品をイメージしたという「空っぽ」、ユーザーが自由自在に使い方を決められる、そんな在り方を示したというデザインだった。

 


https://www.muji.com/jp/flagship/huaihai755/archive/hara.htmlより)

 

原はかつて自著『白』で、白という色についてこのように書いている。「白があるのではない、白と感じる感受性がある」と。「白衣」「白木」「白湯」「うどん」「豆腐」「骨」。著書「白」の続編とも言える本書『白百』ではこのようなキーワードに沿って、「白」からインスピレーションを受けた100本のエッセーが集められている。どのエピソードにも彼がデザインを行う、モノを見る、ということから得られた話、体験談や記憶の中にあるイメージが次々と綴られている。

 

ベテランのデザイナーが普段、なにを見て、なにを感じ、なにを知りたいと思っているのか。そしてどういうアプローチで物事の核心に触れようとしているのか。その一端を垣間見ることができるのが、本書『白百』である。

 

本書の前書きにはこう書かれている。

 

デザインは科学のように実証性のみを重んじない。こうかもしれないと、仮想する力で前に進んでいる。コップに溢れそうな水の風情、四本に辿りついたフォークの歯や椅子の脚、そして書籍に刻印される活字のひとつ、紙の白さや張りというような身近な事象から、新鮮な驚きや気づき、そして宇宙や生命に至るようなインスピレーションを生み出し、そこから暮らしや環境に対する理想や希望を呼び起こしていく営みがデザインである。

 

50年前に作られた『2001年宇宙の旅』は映画ファンだけではなく、多くの人のイメージに影響を与えたと言われている。例えば劇中に出てくるPodというの名の白い宇宙船はAppleのデザイナーにインスピレーションを与え、音楽プレイヤー「iPod」は生まれたという。初代iPodが搭載していた中央の丸いダイヤルの造形やオフホワイトのカラー、さらには商品名など、関連は多い。しかもiPodが発売されたのは2001年だ。Appleの製品といえば「白」だが、映画に登場するモノリスはiPhoneに余りにもそっくりだし、宇宙船内の食堂で使われているタブレットデバイスはiPadそのものだ。

 

デザインはカタチだけの問題ではない、と多くのデザイナーは言う。もちろん市場で売り買いされるものだから、メーカーが希望するコンセプトや価格、機能がまず優先されるのは当然だ。けれど、デザインは人が作り出すもの。ならばそれを作り出したデザイナー個人の、人生で遭遇した出来事、観た映画の記憶、食べ物の好みが関係していない訳はない。だから私はデザイナーの個人的なことに関心がいくし、彼らの直接話を聞き、著作や講演に触れるていたいと思う。彼らの「かたち」や「色」の感性がどこからやってきたものかを知りたいのだ。

 

『白百』中央公論新社
原研哉著

この記事を書いた人

大杉信雄

-oosugi-nobuo-

アシストオン店主

1965年、三重県生まれ。良いデザイン、優れたインターフェイス、使う楽しさを与えてくれる製品を集めた提案型の販売店「アシストオン」店主。


「アシストオン」:http://www.assiston.co.jp

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