専門家とは真逆のやり方で成功 自閉症の息子を開花させた母の愛『ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい』

長江貴士 元書店員

『ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい』KADOKAWA
クリスティン・バーネット/著 永峯涼/訳

 

 

本書のタイトルから、どんな内容か想像できるだろうか?僕はハッキリ言って、これほど酷いタイトルの本は久々に読んだ。内容は、物凄く面白いのだ。しかしこのタイトルでは、本書を読むべき読者に、この本が届かないだろうと思う。

 

僕は本を買う時、あまり内容紹介などを見ないので、僕は本書を物理や数学の本だと思っていた。そう思った方は多いのではないかと思う。しかしまったく違う。本書はなんと、子育ての本なのだ。

 

原題はこうである。

 

「The Spark A Mother’s Story of Nurturing, Genius, and Autism」

 

直訳すると、「ひらめき 子育て、天才、そして自閉症の母の物語」というような感じだろうか。これなら、子育ての本だと分かるだろう。どうして『ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい』などというタイトルにしたのか、僕には理解が出来ない。

 

本書の主役であるジェイクは、幼い頃に自閉症と診断され、3歳の頃に「彼が十六歳になったときに自分で靴ひもを結べるようになっていたらラッキーだ」と医者から言われてしまう。彼は、他人とコミュニケーションが取れず、集団行動が出来ず、ちょっとした刺激で突然かんしゃくを起こしてしまう子どもであり、ジェイクに字が読めるようになると思っていた人は誰もいなかった。

 

しかしそんな彼は、9歳で大学に入学する。

 

そして息子の要望にしたがって、とある物理学者に連絡をとったのです。その学者はまだやりかけのジェイクの式を快く見てくれ、彼の理論は間違いなく彼独自のものであること、そしてもしこれが完成されれば、ノーベル賞候補にもなり得るだろう、と言ってくれました

ジェイクは大学の物理学の研究者として、十二歳で初めて夏休みのアルバイトを経験しました。アルバイトをはじめて三週間目、彼は格子説におけるある未解決問題を解いてしまったのです。この解答はのちに、一流の専門誌に掲載されることになりました

 

他にも信じがたい能力がある。一度聞いた音楽をその場でピアノで弾けたり(一度もピアノを教えたことがないにも関わらずだ)、地図を見ただけで全米の主要道路のほぼすべてを記憶し、実際に運転する際にナビゲートしてくれたりする。IQはなんと189で、しかも「天井効果」と呼ばれるものによって実際には測定不能だそうだ。

 

ジェイクに何があったのか。そこに、母の驚くべき献身がある。

 

アメリカでは、自閉症児に対するプログラムが用意されており、日々様々な訓練を行うことになっている。通説では、5歳までにどういう接し方をしたかで、自閉症児のその後の様子が大きく変わるとされており、自閉症児の親たちは、時間に追われるようにして、専門家が良いと保証するプログラムをこれでもかと詰め込み、自閉症児たちが少しでも多くのことが出来るように奔走する。

 

それがどんなプログラムなのかと言うと、著者の言い方を借りれば「出来ないことに焦点を当てたもの」ということになる。「じっと座っていることが出来ない」のであれば、それが出来るように我慢強く訓練する、と言った具合だ。しかし著者は、息子がプログラムを受けている様を見て疑問を抱く。この訓練は、ジェイクにとってはマイナスでしかないのではないか、と感じたのだ。

 

とはいえ、専門家の判断に異議を唱えることはなかなか難しい。やはり専門家というのは、その道に通じているわけで、著者の夫も、専門家に任せるべきだと主張した。しかし、日々ジェイクを間近で見ている著者は、ある時、全部自分でやることを決意する。そして、自閉症児に関する専門的な知識がまったくない状態から、重度の自閉症児を普通の小学校に通わせるための訓練を、自ら考えて行うことにしたのだ。

 

彼女が行ったことは、専門家のプログラムとは真逆だった。つまり、「出来ることに焦点を当てたもの」である。そして結果的にはこのやり方が大成功を収める。やがて彼女は、他の自閉症児に対しても同じようなスタンスのプログラムを行っていく。しかしその凄まじいこと。一人ひとり自閉症児の興味の対象は異なる。それぞれが関心を持つものを見極め、それぞれに合ったプログラムを毎回考えていたのだ。しかもそれを、ずっと無料でやり続けていた。

 

どんなプログラムだったのか。

 

ここで何に時間を割いているか知ったら、誰もが驚くにちがいありません!「ある子とは、一緒に美術館に行って、一枚の絵の前で六時間いっしょにいました。ある子にはガレージセールで手に入れた製図台をあげました。ある子といっしょに何百枚ものクッキーを焼いて、アイシング(砂糖衣)でアルファベットを書いて、読み書きをおぼえました。あ、あとラマのことね…」

 

ラマというのは、動物のラマで、動物好きな子どものために、農家からラマを借りて自宅のガレージで触れさせたのだ。

 

「リトル・ライト」と名付けたこのガレージでのプログラムは評判を呼ぶ。何故なら、ジェイクのみならず、重度の自閉症児たちが普通の小学校に通えるようになったからだ。

 

本書の最も重要な主題は、次の文章に集約されていると言っていいだろう。

 

ジェイクは本格的な天文学を学ぶ機会を与えられている限りは、学校でもきちんとした社会的行動がとれるのだと。保育所の健常児たちや「リトル・ライト」の自閉症児たち、そしてジェイクを見ていてもわかるように、子どもというのは好きなことに打ち込む時間さえ与えられれば、それ以外のスキルも自然と向上していくものだと。

 

そしてこのことは、自閉症児だけではなく、どんな子どもに対しても当てはまるのではないかと本書を読んで感じた。

 

本書は確かに、「自閉症の天才児」という、超特異な存在を扱った内容である。しかし、本書で描かれていることは、普遍的な力を持つものだと感じる。だからこそ、タイトルに臆せず、本書を読んでみてほしい。あなたが何らかの形で子どもと関わる立場にいる人であるならば、本書はあなたの思い込みを打ち破るほどの衝撃を与えるはずだ。

 

 


『ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい』KADOKAWA
クリスティン・バーネット/著 永峯涼/訳

この記事を書いた人

長江貴士

-nagae-takashi-

元書店員

1983年静岡県生まれ。大学中退後、10年近く神奈川の書店でフリーターとして過ごし、2015年さわや書店入社。2016年、文庫本(清水潔『殺人犯はそこにいる』)の表紙をオリジナルのカバーで覆って販売した「文庫X」を企画。2017年、初の著書『書店員X「常識」に殺されない生き方』を出版。2019年、さわや書店を退社。現在、出版取次勤務。 「本がすき。」のサイトで、「非属の才能」の全文無料公開に関わらせていただきました。

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