探偵物が好きで、学園ジュブナイルもSFも大好物なアナタに捧ぐ下町ファンタジー!!

青柳 将人 文教堂 教室事業部 ブックトレーニンググループ

『千手學園少年探偵團』光文社
金子ユミ/著

 

 

物語が様々なジャンルに細分化されていく中、近年急激に成長した分野としてライト文芸という分野がある。このジャンルが確立する前からライトノベルやヤングアダルトというジャンルは既にあったのだが、このライト文芸は世界観や登場人物を今までのジャンルからより細分化して掘り下げた、近年の多様化していく読者のニーズとの親和性が高いジャンルだ。

 

「本を手に取ってみたところで、それは“小説”だとか“読物だとか”文学“だとか、いろんな分類っていうか江戸時代の士農工商みたいな「階級」の観念にあふれていて、(中略)本を読む人間のあいだでも優越を競っている。
馬鹿みたいだ。
おまけにライトだとかヘビーだとか、体重計を使わないと量れないような区別まである。
(中略)
もう、こうなったら、全部“フィクション”でいい。そして無差別級でいこう。」

 

これは10年以上前に漫画、アニメといった様々な業界のクリエーターが一堂に集って作られた、当時としては非常に実験的な文芸誌・『FICTION ZERO/NARATIVE ZERO』(講談社)の巻頭ページで、作家・古川日出男氏が『フィクションゼロ宣言』という題で寄稿していた文章だ。

 

ライト文芸というジャンルは読者層も10代の若年層から大人まで幅広く、古川氏の言葉通り、ライト=若い世代向けの作品という先入観だけで読書の幅を狭めるのは非常に勿体ない。

 

そんな中、本書『千手學園少年探偵團』はそのライト文芸というジャンルの中でも、より異彩を極めた作品といえる。

 

物語は架空の大正時代、東京府神田に設立された名門私立校「千手學園」という名の男子校を舞台に始まる。

 

大蔵大臣の妾の子共として生まれた檜垣永人は、義兄が行方不明になったことで、父親の跡継ぎとして急遽「千手學園」に入学させられることになる。「千手學園」は永人の父親のような政治家や軍人、華族や実業家といった特権階級の子息が集まる名門校。しかしその表の華やかなイメージとは異なり、学園の生徒内ではまことしやかに様々な呪いや事件の噂が絶えない。

 

次期総理大臣と将来を目されている陸軍大臣の息子の超エリート生徒会長に、トランプやサイコロといったゲームが大好きな副会長。そして正反対の性格と特技を持ちながら瓜二つの貌を持つ双子の同級生。個性的な生徒ばかりが集う学園で、永人は嫌が応でも学園に蔓延する謎を解き明かしていく運命を担うことになっていくのだが。

 

主人公の出身が浅草なだけに、浅草寺や凌雲閣といった浅草を象徴する建物や場所が登場する。しかしそれだけではない。この學園は大きなステンドグラスがはめこまれた和洋折衷な建物で、永人は初めてこの建物を目にした時に「七色に光る校舎かよ」と驚愕する。

 

さらに学園内には美しい日本庭園があれば、血を吐くという噂のあるピアノが置かれた音楽室があったり、自害した生徒の呪いがかかっている懲罰小屋があったり、きっと生徒達の間ではオカルトめいた噂が絶えることはないだろう。

 

そんな噂や謎、事件の数々を永人達が解決していくのだが、この謎解きが江戸川乱歩の少年探偵団シリーズのような古典的なトリックを踏襲しつつも、遊び心満載の洒脱な謎解きが展開されていくので、一つの話を読み始めると一気にサクッと読めてしまう。けれど読後も作品の世界観に浸らせてくれる、後を引くような独特の味わいがある。

 

それは男子校ならではの耽美な雰囲気や、大正という時代から薫る物々しさの中にある色気なのかもしれない。そしてそれを気取ったり着飾ったりすることなく、丁寧に言葉を選んで作り込まれているので、男女問わずにどの世代でも楽しめる作品だろう。

 

来年の3月には早くも続刊が発売されることが決定している本シリーズ。この1作目を読んだ限りでは、まだまだ数多くの伏線や謎が遺されたままになっているように見受けられる。この広げに広げた大風呂敷を、作者が今後どのように料理していくのか大いに楽しみだ。

 

『千手學園少年探偵團』光文社
金子ユミ/著

この記事を書いた人

青柳 将人

-aoyagi-masato-

文教堂 教室事業部 ブックトレーニンググループ

映画学校、映像研究所を経て文教堂に入社。王子台店、ユーカリが丘店、青戸店、商品本部を経て現在に至る。過去のブックレビューとしてTOKYO FM「まえがきは謳う」、WEB本の雑誌「横丁カフェ」がある。

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