2019/12/05
小説宝石
『スワン』KADOKAWA
呉勝浩/著
襟元から背中に得体の知れない何かが入り込んだような、ぞわぞわとした嫌な感じ。どこに連れて行かれるのか、何が待ち構えているのか判然としない不安感。無差別テロとその事件後を描いた本書は、このような心持ちを、われわれ読者に突きつける。
巨大ショッピングモール「スワン」。二人の男が、3Dプリンターで作製した大量の二連発拳銃と日本刀で、モールにいた客たちに次々と襲いかかる。十一時から一時間余りにわたった惨劇は、死者二十一名と多数の負傷者を生み、犯人たちの自殺によって幕を閉じた。女子高校生のいずみは、逃げ場のないスカイラウンジで犯人と対峙したが、助かった一人だった。
やがて、被害者の一人である老婦人の死亡状況を知りたい遺族が現れた。その依頼を受けた弁護士は、いずみを含む五人の関係者を集めた話し合いの場を設定する。この集会の目的は弁護士の言う通りなのか、この五人が選ばれたのはなぜなのか、皆が語る体験談の真偽を誰が判断できるのか、この集まりの行き着く先はどこなのか、疑問が募っていく。
事件後、犯人の命令でいずみが次の犠牲者を指名したという週刊誌記事が出て、彼女の生活は激変していた。いずみはテロから生き延びながら、不確かな情報に拠って立つ、「正義」を求める世間からの理不尽な暴力に晒された。二つの暴力によって、彼女の時は止まってしまう。だが前に進むため、いずみは集会に参加し続け、封印した記憶の蓋を開く。
バレエに打ちこんでいたいずみを象徴するかのように、善と悪という『白鳥の湖』のテーマが通奏低音のように浮かび上がる。数々の謎や疑問が解かれた結果、いずみの時は動き始め、テロの「事実」と「真実」がえぐり出される。読むべし。
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乱歩賞作家が描くユーモアサスペンス
大企業の御曹司で金を稼ぐ才覚もある警察マニアのイケメン・桐生淳太郎(きりゆうじゆんたろう)。母の介護のため退職した凄腕の元刑事・藪下浩平(やぶしたこうへい)。そして正体は読んでお楽しみ、垢抜けない上園一花(うえぞのいちか)という若い女性。川瀬作品はキャラクターのぶっ飛び具合にも定評があるが、本書は最右翼。
状況証拠が真っ黒で放火殺人を疑われた老人側に立ち、この三人がそれぞれの能力を生かしながら真相を追っていく、ユーモアたっぷりのサスペンスである。重要な手がかりを得るきっかけは作者らしいし、意外な動機と犯人像はさらにぶっ飛んでいて驚愕。シリーズ化が楽しみ。
『スワン』KADOKAWA
呉勝浩/著