縄田一男が読む 源平争乱前夜を襲う吸血鬼『不死鬼 源平妖乱』

小説宝石 

『不死鬼 源平妖乱』祥伝社
武内 涼/著

 

私はこの一巻を読みはじめて、思わず身体が震えるほどの興奮をおぼえた。「香は殺生鬼が嫌う匂いも出す。人を殺し、大量の血を啜る殺生鬼はーーある一線を越えると、生臭さをこよなく愛で、只人が良い香りと思う匂いを嫌う。(中略)またどういうわけかーー山からこぼれ落ちる澄んだ水を嫌う」。

 

さらに「板壁をめぐらした掘立小屋で軒先からニンニクの束が吊り下がっていた。ニンニクは生臭さを消す。故に、生臭さを好む殺生鬼は、ニンニクの臭いを嫌う」とある。これは伝奇小説というより、本格的な吸血鬼小説ではないか。

 

私見では、我が国の吸血鬼小説の最高峰は、横溝正史『髑髏検校』と山田正紀『天動説』だが、この二作は双方ともブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』の翻案だった。が、今回の『不死鬼 源平妖乱』は、完全なオリジナルなのである。

 

怪奇小説愛好家の私は、欣喜雀躍した。しかも舞台は、平清盛がわが世の春を謳歌する京、すなわち、源平争乱前夜である。また、不死鬼を頂点として、吸血鬼に位の序列があるのも面白い。

 

ストーリーはというと、ヒロインの静は、権中納言・藤原邦綱の染殿で働いているが、実は、鬼と只人との間に生まれた女性で、己が血吸い鬼となることに怖れを抱いている。

 

一方、主人公は、遮那王=後の源義経である。彼は、父を倒した平家打倒の志を抱いているが、愛する浄瑠璃がある理由から、盗賊・熊坂長範(この人物が静と義経を結ぶことになる)に血を吸われたことで、密殺集団〈影御先〉に加わり、復讐を誓う。

 

史実と虚構が見事に合わせ鏡となっており、武内伝奇ここに極まれりといった印象が強い。さらにこの内容で、義経の青春物語=成長譚となっているのも驚きだ。

 

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『不死鬼 源平妖乱』祥伝社
武内 涼/著

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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