2020/02/18
小説宝石
『ここは夜の水のほとり』新潮社
清水 裕貴/著
二〇一八年、「女による女のためのRー18文学賞」を受賞した「手さぐりの呼吸」という作品は、とても奇妙な読み心地の小説だった。
東京都内の玉川上水にほど近い場所に建つ、家賃がとても安い一軒家で、四年間一緒に住んだルームメイト二人の日常を淡々と描いていく。
主人公は「あなた」と「私」。ふたりとも美術大学に通っていて、あなたはデザイン科、私は彫刻科。家には時々幽霊が出るけれど二人とも気にしない。
生活はお互い越えないラインを心得ていて、それでもなんとなくわかり合える仲になっていく。卒業後、私が地元の高校で美術教師になってもあなたはこの家に住んでいた……。
この後の物語は意外な展開を見せたうえ、もう一回宙返りのようにひっくり返って、私を驚かせた。物語に翻弄される楽しさをひさびさに味わった。
本書はこの受賞作を「森のかげから」に改題し、ここに登場した者やその関係者たちの別の物語を組み合わせた短編連作集である。
「金色の小部屋」「最後の肖像」「ここは夜の水のほとり」「或る観賞魚」そして「森のかげから」。どの物語にも死者が登場する。それも普通の人に交じって存在する感じで、特に何をするわけでもない。
生きている人たちは死者を感じ、時に死者の口で語らせる。虚なのか実なのか、誰が生きていて誰が死んでいるのか、曖昧なのにファンタジーや怪談でなく、リアルに日常が綴られていく。
著者も美大卒で、写真家として、グラフィックデザイナーとして活躍している。だからだろうか、映像が浮かぶような文章が印象に残る。彼岸と此岸を分けるものは、我々の意識だけなのかもしれない。それを軽々と超える魅力を湛えた作品だ。
こちらもおすすめ!
『「松本清張」で読む昭和史』NHK出版
原 武史/著
「鉄道」と「天皇」で読み解く松本清張
平成が終わり令和も二年目となると、ますます昭和は遠くなった気がする。だが昭和の作家でも読み継がれる人はいる。その一人、推理小説界の巨人、松本清張を政治学者の原武史が「鉄道」と「天皇」に注目して分析。
戦後、高度成長期に発達した鉄道網により人々の生活は格段によくなった。しかしそこにはさまざまな格差が生まれる。未完である『神々の乱心』の結末を、政治思想史を背景にした著者が推理する過程に胸がときめく。
松本清張は、小説とはいえ事実をもとに創作し、事実関係に確信が得られたらノンフィクションとして発表した。彼の書こうとしていたことはとてつもなく大きい。
『ここは夜の水のほとり』新潮社
清水 裕貴/著