円堂都司昭が読む 紙の知識で大量殺人計画の謎を解く『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』

小説宝石 

『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』宝島社
歌田 年/著

 

訪れた女性は相手を「神探偵」と思っていたが、彼にできるのは「紙鑑定」だった。紙の販売代理業を営む渡部は、そんな誤解をきっかけに浮気調査の探偵仕事をすることになる。なりゆきで伝説のプラモデル造形家・土生井と知りあい、助力を得る。だが、次に引き受けた相談が、予想外の方向に進む。女性から行方不明の妹の捜索を依頼されたのだが、送られてきたミニチュアハウスなどの模型を調べると、どうも大量殺人が計画されているようなのだ。

 

第十八回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作の歌田年『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』は、探偵役のユニークさで興味を引く。私たちがふだんなにげなくめくっている本は、一冊のなかで本文、カバー、帯など部分ごとに様々な種類の紙が使われている。

 

紙鑑定士の渡部は、見た目や触り心地から、それらがどのメーカーのどの銘柄の紙なのか、すぐ当てることができる。一方、プラモデル造形家の土生井は、使われた素材や加工法に詳しいだけではない。その模型が表現していることを読み解く力まで持っている。営業マンらしく歩き回って行動的な渡部に対し、アルコールを入れると頭が冴える土生井は、聞いた話とプラモデルの観察から考える安楽椅子探偵。タイプの違う二人のやりとりは、ちょっとズレていてユーモラスでもある。

 

日常的にありふれた素材である紙。たとえ精巧にできていても、いわばオモチャでしかない模型。それらに関する蘊蓄が、大量殺人のようなとてつもない犯罪の解明に結びつくギャップが面白い。証拠品となる手紙が、本の付録になっていて読者が触れる趣向も楽しい。遊び心に満ちた一冊だ。

 

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『2010s』新潮社
宇野維正/著  田中宗一郎/著

 

ポップ・カルチャーの進化と変容

 

かつての日本は、海外の動向に刺激を受けつつ国内のカルチャーを育んできた。だが、二〇一〇年代以降、この国は内向きの姿勢を強めてガラパゴス化し、海外とのギャップが大きくなったのではないか。そうした現状への苛立ちから企画されたのが、宇野維正と田中宗一郎の対談集『2010s』である。同書では、アメリカを中心に音楽や映画など過去十年のグローバルなポップ・カルチャーがふり返られ、背景にあった人種、ジェンダー、格差などの社会問題にも言及される。失われてしまった日本と海外を結ぶ文脈を取り戻そうとする対話だ。

 

『紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人』宝島社
歌田 年/著

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-syosetsuhouseki-

伝統のミステリーをはじめ、現代小説、時代小説、さらには官能小説まで、さまざまなジャンルの小説やエッセイをお届けしています。「本がすき。」のコーナーでは光文社の新刊を中心に、インタビュー、エッセイ、書評などを掲載。読書ガイドとしてもぜひお読みください。(※一部書評記事を、当サイトでも特別掲載いたします)

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