ダメ男が学ぶ料理のイロハ『ふだんの料理がおいしくなる理由』――食卓から考える(4)

三砂慶明 「読書室」主宰

『ふだんの料理がおいしくなる理由』講談社
土井善晴/著

 

 

10年ぶりに台所に立ってみて最初に感じたのは、はずかしながら、包丁の持ち方がよくわからない……でした。

 

プラモデルと同じ要領で、パーツを用意して組み立てたら、きっと料理になるに違いないという予測のもと、まずは切れ味の良い包丁を用意。

 

ところが大根やにんじんの皮むきをはじめると、力加減をしくじって手の中で野菜がずれて、さっそく指の皮を2枚ほどスライスしてしまいました。

 

痛い……というか、怖い。このまましくじり続けると、近いうちに指を落としてしまうんじゃないか、と思うほどの素晴らしい切れ味。

 

なぜこんなに料理はデンジャラスなのか……。
考えてみると、まな板を用意するのを忘れていました。どうりで不安定なわけです。

 

こんな具合に、台所に立っていても、ただいたずらに時間が過ぎていきます。
果たして、こんなど素人でも料理ができるんでしょうか。

 

書店のレシピ本コーナーに行ってみると、心強い先生方の名前が燦然と輝いています。おそらく読者の経験値や好みの味付けによって、それぞれ師事する流派――すなわちレシピブック――は違うのでしょうが、我が家の三種の神器は土井善晴先生、有元葉子先生、大原千鶴先生の三師の本となりました。

 

あくまでレシピ本が先生なので、先生がどう言っているか、大根の厚みは何ミリなのか、何切りなのか、そもそも○○切りってなんなのか、というところから教えていただかなければわかりません。

 

食べることが専門だったので、そもそも大匙とはどのくらいなのか、という基本から学ぶ必要があります。

 

その三種の神器の中でも、名著『一汁一菜』で、手間をかけるのではなく基本を大切にすれば、日常の料理はごはんとおみそ汁だけでいい、と太鼓判を押してくれた土井善晴先生の本からはじめるのが、私には合いそうです。

 

土井先生の本のなかでも、一番自分でもできそうなものを吟味して、これだ!!と思えたのが、本書『ふだんの料理がおいしくなる理由』です。

 

キャベツの形状に合わせた切り方の解説にはじまり、「きゅうりの切り方は刃先だけで線を引くように」という具体例など、実際にやってみると、本当にその通りにできる。このわかりやすさがありがたすぎる。

 

「半熟の卵が二つ折りにできたら、それがオムレツ」とまで言ってくれる優しさも嬉しい。

 

それなら、スクランブルエッグにもなれなかった固まった卵焼きも、オムレツと言えるのかもしれません。土井先生の本を読めば読むほど、勇気づけられます。

 

毎週一品、作っていて気がついたこと。
それは、土井先生のレシピには思想がある。
それが「きれい」です。

 

昨今のレシピ本には、ラフな感じの料理が気楽でいいという風潮もありますが、「きれい」な料理がおいしいのには、理由があるのだと言います。

 

お刺身、きゅうりの薄切り、キャベツの千切りなど、実際に切り口がきれいなものは、口当たりもなめらかでおいしいのです。

 

切り口がでこぼこしていると、表面積が広くなり、そのぶん酸化が進みやすく、新鮮な素材でも味が落ちやすい。こういった化学的な根拠もそえながら、土井善晴さんは力強くこう言います。

 

「たとえば豆腐は角が欠けてしまえば、とたんに価値が下がります。値段を安くしないと、もう売れません。そんなふうに『きちんと整った美しさ』に日本人は価値を見ます。四角いものは四角くおきたい、白いものは白く煮たいという美意識を私たちは持っています。それはきっと、自然を敬う心があるせいなのです。
(中略)
最初は上手にできなくても、同じ料理を何回も作り続けるうちに、必ずきれいに作れるようになります。すると、そこにおいしさが宿る。誰も言わないけれど、お料理とは実はそういうものなんですよ。『きれい』はおいしい、のです。」

 

ずっと作り続けられる当たり前の料理を、きれいにおいしく作りたいと、この本を読むたびにファイトが湧いてきます。

 

この本を見ずに料理が作れるようになったら、次は大原千鶴先生の本に挑み、そしておせち料理は有元葉子先生のレシピにチャレンジする。
新年まで、いい目標ができました。

 

『ふだんの料理がおいしくなる理由』講談社
土井善晴/著

この記事を書いた人

三砂慶明

-misago-yoshiaki-

「読書室」主宰

「読書室」主宰 1982年、兵庫県生まれ。大学卒業後、工作社などを経て、カルチュア・コンビニエンス・クラブ入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。著書に『千年の読書──人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)、編著書に『本屋という仕事』(世界思想社)がある。写真:濱崎崇

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