2020/06/16
小説宝石
『雪と心臓』集英社
生馬直樹 / 著
クリスマスの夜、一人の青年が火事で逃げ遅れた少女を救出する。
しかし彼はその少女を自分の車に押し込んで連れ去り、その後、大事故を起こす。なぜそんな行動をとったのか。彼は誰だ。
大きな謎を残したプロローグに続き、1997年、新潟に暮らす小学4年の里居帆名(はんな)と勇帆(ゆうほ)という男女の双子の物語に転換する。
姉の帆名は男子以上に勝気で好戦的、常識外れなところが多々ある。
弟の勇帆は反対に気が弱く存在感が薄い。帆名に勝てることはゲームの「ストリートファイター」くらい。
幼馴染みの昌晴と近所の駄菓子屋に置かれたゲーム機に通う毎日だ。昌晴の天敵は彼の祖母で、甘やかす母親の代わりに鉄拳制裁を見舞う日々。
その諍(いさか)いのなか、ある事故が起こってしまう。帆名に背を押され、勇帆は昌晴を助ける。
この双子と彼らを巡る家族や友人たちが成長していく姿が時間を追って語られる。
子どもから大人へ、世間の仕組みを知り、理不尽な仕打ちにあい、腕力や知力の差を感じながら、それぞれが自分らしく生きようと努力を続ける。
どんな時も帆名が彼女らしく振舞い、それを悔しく思いながらも勇帆は、自分の足場を固めつつ高校の卒業を迎えた。
プロローグへ続く物語はここから始まる。いったい何が起こったのかを読者はハラハラしながら見守るのだ。
登場人物は帆名が少し元気すぎることを除けば、みんな普通の人だ。順調に生きていれば、普通の大人や老人になり、穏やかに過ごしていただろう。
そこにあった日々より、無くなってしまった未来を愛おしむ。本書はそんな物語である。
こちらもおすすめ!
『蚕と戦争と日本語』ひつじ書房
小川誉子美 / 著
史実から解く日本語学習の動機
鉄砲やキリスト教が南蛮渡来した時代から布教や諜報、日本研究のために欧米人たちは日本語を学んだ。だがその詳細はあまり知られていない。
本書は、彼らが日本語を学んだ動機を、世界に散らばる膨大な史料を渉猟して説き明かした労作だ。
いつの世にも語学の天才はいる。目的のためとはいえ寝食を忘れて日本語研究に没頭した者たちはあっぱれだ。特に19世紀半ば、ヨーロッパの蚕の伝染病が日本の養蚕業の教育書の翻訳により克服されたことは初めて知った。
日本を愛する外国人は、日本語を学ぶことが日本を知ることへの一番の近道であることを知っている。先達たちの苦闘の足跡にも驚かされた。
『雪と心臓』集英社
生馬直樹 / 著