2020/07/03
高井浩章 経済記者
『カレンの台所』サンクチュアリ出版
滝沢カレン/著
こんなに読み終わりたくない本は久しぶりだ。
読了していない本についてレビューを書くのは本来、邪道だろう。
だが、私はまだ本書を読んでいる途中だ。「豚の角煮」まで来たところ。6合目といったところか。
出遅れたわけではない。Amazonの購入履歴を見ると、4月の発売直後に買っている。届くのを心待ちして、すぐに読み始めた。
なのに、まだ6合目なのは、「1日1レシピ」規制を適用しているからだ。
リビングのテーブルに置きっぱなしにして、目に入って手に取った日だけ、1レシピ、読む。気が向くと音読することもある。
毎度、クスクス笑ったり、吹き出したりしている。
ああ、読み終わりたくない。
私が「カレン文体」に遭遇したのは、「唐揚げの物語」だった。ネットでバズっていたから、多くの方がご覧になったのではないだろうか。帯にも抜粋がある。
「面白いくらいにブったりした鶏肉」
「お醤油を全員に気付かれるくらいの量」
私のお気に入りは「こんな量で味するか?との程度」という鶏がらスープの素の分量指定のフレーズだ。コーヒーに砂糖を入れるときなどに借用している。
他のレシピも全編、この調子で、「どこから降ってきたのか」と感心する言葉たちであふれている。
ああ、読み終わりたくない。
帯に一文を寄せた糸井重里氏が「あたらしい日本語をデザインしている」と表現している。さすがうまいことを言うものだな、と思いつつも、読み進めるうち、若干の違和感がわいてきた。
デザイン、というような計算高さはそぐわない気がするのだ。
もっと素直に、これは詩集だと思った方が良いのではないか。
美しい自然を詠うように、愛する料理を詠う。
しかも、これは即興詩人の業だ。
後戻りして書き直したり、主語と述語の一致を気にしたりせず、口をついて出てくる自由なフレーズが新鮮なイメージと「言葉遊び」の楽しさを紡ぎだしている。
だから私は1日1編のペースを守り、ときに音読し、部分的に暗唱したくなっているのだろう。
疑問がある。
この詩集(と言ってしまう)を、私は人並み以上に楽しめているのだろうか。
お恥ずかしいが、私はほとんど料理ができない。得意技は餃子ぐらいだ。
料理をする方にとっては、もっと豊かな詩がここには並んでいるだろうか。
だとしたら、悔しい。
それとも、料理をしないがゆえ、私はこの本の詩的な部分により敏感になっているのだろうか。
いずれにせよ、厨房に立たない野蛮人たる私でも、ちょっと料理してみたくなるほど、この人の文章には強力な引力がある。写真も実に美味しそうで、素晴らしい。
私はほとんどテレビを見ない人間で、滝沢カレンさんのことは何も知らなかった。「動画」を初めて見たのも、インスタグラムでの調理のライブだった。だから、彼女に対するイメージは90%以上が本書、残りがインスタの投稿によるものだ。
彼女のインスタのストーリーズを見ていると驚く。多忙に違いないのに、読者の投稿に、「全レス」の勢いでショートコメント(「カレン文体」で!)を返している。その誠実さと「料理をする人はお友達」というまっすぐな心根に、すっかりファンになってしまった。
売れに売れているようだが、料理をしない方、滝沢カレンさんと言われてもそれほど興味がわかない方にも、もっと読んでみてほしい。
これはレシピ本、タレント本以上の、何かだ。
これから1レシピ読もう。「豚の角煮」の次は「スペアリブ」か。
きょうはどんな言葉たちが待っているのだろう。
『カレンの台所』サンクチュアリ出版
滝沢カレン/著