コロナ時代における「選択」の導き方 量子コンピュータの可能性

大南武尊 研究員

『量子コンピュータが人工知能を加速する』日経BP
西森秀稔、大関真之/著

 

 

1998年、「組み合わせ最適化問題」に関する画期的な論文が発表された。これがのちのD-wave社による量子コンピュータの開発につながる。本書は、この画期的な論文の著者である西森氏、氏の教え子である大関氏による共著である。

 

本書は初学者向けに書かれており、細かな内容は端折られている。
そのため、大雑把な概要を知りたいという人にとっては読みやすく、細かな理由を知りたい人にとってはもどかしさを感じるところが多いかと思う。

 

しかし、第一人者の著書のため、内容は信頼に値する。加えて、共著者の大関氏は予備校の講師をしていたこともあり、初学者に難しい事象を理解させるのが非常にうまく、本書も分かりやすい。

 

そして、本書が単なる量子コンピュータの解説本と決定的に異なる点は、研究者としての苦悩と歓喜が垣間見られること、ベンチャー的視点を持つ著者による研究の社会還元が語られていることである。

 

故に本書は、実社会に沿った形の「量子コンピュータの教養」が身に着けられる本である。

 

ではタイトルでも触れたように、量子コンピュータがコロナ時代にどのような可能性を提供するのか、本書の教養を通して見ていこう。

 

・量子アナログコンピュータと量子デジタルコンピュータ

 

量子コンピュータには、大別して2種類ある。アニーリング方式とゲート方式である。
この違いを理解するため、ここではアニーリング方式を「量子アナログコンピュータ」と称し、量子ゲート式を「量子デジタルコンピュータ」と呼ぶ。D-wave社が実装したものは「量子アナログコンピュータ」であり、世界中の研究者が躍起になって実用化を目指しているのが、「量子デジタルコンピュータ」である。

 

ではまず、アナログコンピュータとデジタルコンピュータの違いを見てみよう。

 

アナログコンピュータは、連続的な物理量を利用して計算を行うものを言う。端的に言えば、物理現象を利用する計算機である。
「実験装置」のイメージを持ってもらいたい。例えば、日時計は光という物理量を利用して、連続的に変化する影と円形の数字から、時刻を演算するコンピュータである。昔よく使われた計算尺もアナログコンピュータである(歯車比を用いている)。

 

一方で、デジタルコンピュータとは、論理回路といったものを利用して、離散化された情報に落とし込んで計算を行うものをいう。例えば、そろばんである。離散で有限個の玉一つ一つを使って計算を行う装置である。読者がこの記事を読んでいる装置もデジタルコンピュータである(スマホでも)。

 

物理学における量子とは、超小さい(原子単位以下程度)物質やそのエネルギーをひっくるめたものである(その世界の物理を量子力学という)。
量子アナログコンピュータは、超小さい物質やそのエネルギーによって起こる物理現象を使って、計算するものである。
量子デジタルコンピュータは、誤解を恐れず言えば、超小さい物質やそのエネルギーを離散的な情報に落とし込んで計算を行うものである(正確な定義は、西野哲朗氏の以下の本に譲る)。

 

D-wave社のコンピュータは巨大な実験装置で、内部で「組み合わせ最適化問題」を解く実験を行い、その結果を出力値として吐き出している。

 

『量子計算』近代科学社
西野 哲朗、三原 孝志、岡本 龍明/著

 

・組み合わせ最適化問題とは

 

量子コンピュータの種類はわかったが、そもそも「組み合わせ最適化問題」とは何だと思う人が多いだろう。

 

組み合わせ最適化問題とは、ある条件下で組み合わせを考えて、一番良いものを求める問題である。つまり、無数の選択肢からベストだと思われるものを選択することである。

 

例えば、500円のお小遣いをもらって駄菓子屋に行った時、できるだけカロリーが多いもの買いたいとする(少なくとも私はそうだった)。
下表から料金の限り個数上限なく購入する場合、カロリーを最大にする組み合わせはどうなるだろうか。この問題において、

 

「とある条件」 = 料金の限り個数制限なく購入する場合
「一番良いもの」= カロリーを最大にする組み合わせである。

 

商品名 金額 カロリー
チョコレート 100円 115kcal
濡れせんべい 90円 90kcal
バタークッキー 150円 210kcal
まんじゅう 120円 160kcal

 

結論を言えば、バタークッキー1つ、まんじゅう2つ、チョコレート1つである。上限金額が増えたり、選択できる商品数が増えると、計算がややこしくなっていく。

 

例が少しチープになってしまったが、医療シーンでは、患者の症状や容態等を加味して、処方や治療の組み合わせを最適化することも然り、仕事のアセットや時間を加味して人員の最適化を行うことも然りである。

 

量子アニーリングによって、このような組み合わせ最適化問題が手早くかつ高精度で解ける、というのが98年の論文のすごいところである。実は技術的難しさから、実験系での再現は2011年までできなかった。

 

・コロナ時代における量子コンピュータの可能性

 

今回は簡易的な組み合わせ最適化問題を提示したが、物流の最適化や自動運転、創薬といった分野においても解くべき問題は多々ある。今まで人工知能の領分であったこれらの問題に対し、量子コンピュータを利用することがすでに始まっている。化粧品の分野においても、化粧品会社コーセーが量子コンピュータのベンチャーと協業を始め、処方(化粧品の成分を効率的に組み合わせること)の最適化に挑んでいる。

 

ウィズコロナの時代において、コロナ治療薬候補の選定や地域ごとの患者と病院の空き床の最適化といった様々なコロナ関連最適化問題を解かなければいけない。これらは、お菓子の組み合わせ問題よりも多くの条件を加味して選択をしなければいけない。しかも選択の仕方一つで多大な影響を及ぼしかねない。そういった時、量子コンピュータが「より良い選択」を導く手助けをしてくれるだろう。

 

実際、大関氏のベンチャーであるシグマアイでは、患者の搬送先選定の最適化計算やPCR検査をどの地域で行うとより効率的に感染有無が分かるかといった計算がすでに行っている。

 

本書は量子コンピュータがいかに発展し、そして将来的に私たちの生活にどう影響するのかを展開している。量子コンピュータはこれからのゲームチェンジャーになるだろう。身の回りの最適化問題に気づくことができれば、このゲームチェンジャーを利用できる。本書の教養から、どんな問題に応用できるか考えてみてはどうだろうか。

 

『量子コンピュータが人工知能を加速する』日経BP
西森秀稔、大関真之/著

この記事を書いた人

大南武尊

-ominami-takeru-

研究員

理論物理修士課程修了後、リトアニアのレーザー会社にてエンジニアとしてインターン。画像処理やレーザー評価等を行う。その後、AI研究員として化粧品会社に入社。機械学習やデータ分析、画像処理でデジタルビューティ創出に従事。最近はアクセラレーションプログラムの運営も行う。 興味の対象は、ネットワーク(理論と実践、人と人、言語と言語等任意の事象)の形成と遷移、科学と藝術の境界線、事象の表現方法、おいしいスイーツ。

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