私たちの生きる世界は「ブレーン」に閉じ込められている?相対性理論と量子論を融合させるためのモデル

長江貴士 元書店員

『ワープする宇宙』NHK出版
リサ・ランドール/著 向山信治/翻訳

 

 

宇宙を扱う研究者の多くは、「万物理論」を探し求めている、と言っていいだろう。これは、宇宙の始まりから終わりまでを統一的に説明できる理論のことだ。候補になり得ると言われている理論は色々とあるが(以前「大栗先生の超弦理論入門」で書いた「超弦理論」もその一つ)、現在まで「万物理論」を発見できた者はいない。

 

現時点での最大の障害は、「相対性理論」と「量子論」の融合にある。「相対性理論」と「量子論」については、以前「宇宙は「もつれ」でできている 「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか」でざっと書いたが、もう一度簡単に説明すると、「相対性理論」は非常に大きなものに適応される理論であり、「量子論」は非常に小さなものに適応される理論である。「相対性理論」は天体などの動きを、「量子論」は原子などの動きを予測するのに使われる。

 

では、一体何故、宇宙論においてこの両者を統合しなければならないのだろうか。その理由は、皆さんも知っているだろう「ビッグバン」にある。宇宙は急激な膨張から始まった、というのが「ビッグバン」理論であり、「ハッブル望遠鏡」で有名なハッブルが「宇宙は膨張し続けている」という発見をしたことをきっかけに発想された。それまで宇宙の始まりについてはいくつか考え方があったが、「現在も宇宙が膨張し続けているなら、過去にどんどん遡っていけば、宇宙が非常に小さく、高温・高密度の状態からスタートしたのではないか」と考えられるようになり、現在では様々な観測データから「ビッグバン」理論が定説となっている。

 

その「ビッグバン」時点の宇宙を考える際に、「相対性理論」と「量子論」を融合させる必要があるのだ。通常は、「相対性理論」の効力が強い場合は「量子論」の効力は弱く、その逆もまた同じなのだが、宇宙誕生の際は、宇宙全体に適応される「相対性理論」と、非常に小さなもの全般に適応される「量子論」がどちらも同じだけの効力を持つはずだと考えられており、この二つを統一しなければならないのだ。しかし、どちらもまったく違う対象(天体と原子は、比較する気にもならないぐらい違う対象だろう)に適応される理論であるが故に、融合は困難なのだ。

 

本書では、最初の4章は現代物理学のおさらいとなっている(本書は全6章構成だ)。20世紀物理学の至宝とも言える「相対性理論」と「量子論」を噛み砕いて説明し、それらを融合出来るかもしれない理論として「超弦理論(ひも理論)」が紹介される。さらに、その「超弦理論」から「ブレーン」という概念が生み出された、というようなところまでを、最初の4章でさらっていく。本書の凄い点の一つは、この最初の4章であり、非常に分かりにくい理論を、安易な説明に逃げずに、難しい概念を可能な限り噛み砕いて説明しようとしてくれる。説明が易しいとはいえ、そもそも扱っている内容が難しいので、かなり努力して読む必要はあるが、最初の4章をきちんと読めば、現代物理学についての十分な理解が得られる内容となっている。

 

そして第5章で、著者が提唱した「ワープする余剰次元」という理論についての説明がなされるのだが、その説明の前に、素粒子物理学における最大の問題である「階層性問題」の話をしよう。

 

そもそも「万物理論」は、「電磁気力」「弱い力」「強い力」「重力」という4つの力を統一するための理論だと言える。僕らが生きている世界に存在する力は、この4つのどれかで説明できる、つまり、この4つの力しか存在しないのだ。

 

そして、研究者たちは、宇宙の始まり(つまり「ビッグバン」)の時点ではこの4つの力は1つに統一されていたはずだ、と考えている。実際に、「電磁気力」と「弱い力」を統一した「電弱統一理論」は完成している。研究者たちは、残りの力を統一する理論を作ろうと奮闘しているのだ。

 

しかし、その最大の障害として立ちはだかるのが「階層性問題」だ。これは、簡単に表現すると、「4つの力の内、重力ってどうしてこんなに弱いんだろう?」という問題だ。例えば、「重力」と「弱い力」を比べると、その大きさは10の32乗も違う。これは、「弱い力」が「重力」の1億倍の1億倍の1億倍の1億倍も大きい、ということだ。研究者たちは、最終的には「弱い力」と「重力」も統一できる、と考えている。しかしその場合、これほどまでに大きさが違う、ということが非常に大きな問題として立ちはだかるのだ。

 

著者のリサ・ランドールは、「超弦理論」から生み出された「ブレーン」という概念を使って、この「階層性問題」を解消するモデルを作り上げた。そこで次に「ブレーン」について説明しよう。

 

「ブレーン」というのは、膜のようなものだ。僕らが生きている世界は、その「ブレーン」の内側に閉じ込められている、と考える。「ブレーン」はたくさんあり、それらは5次元以上の高次元空間(バルク)に存在するが、他の「ブレーン」の存在を(普通のやり方では)僕らは知ることが出来ない。

 

リサ・ランドールはこのモデルを、バスルームに喩えて説明している。「ブレーン」をシャワーカーテン、「僕らが生きている世界」を水滴、「5次元以上の高次元空間(バルク)」をバスルーム全体だ、と考えると分かりやすい。僕ら(水滴)は、シャワーカーテン(ブレーン)の上は自由に移動できるが、バスルーム(バルク)に飛び出していくことは出来ない。

 

さて、この「ブレーン」には一つ重要な性質がある。それは重力(というか、重力を伝える重力子と呼ばれる物質)だけは、「ブレーン」を通り抜けられる、というものだ。光(光を伝える光子と呼ばれる物質)は「ブレーン」を通り抜けられないので、光を使った通常の観測方法(望遠鏡など)では「ブレーン」の外側を観測することは出来ない。しかし重力だけは「ブレーン」を通り抜けられるので、最近検出された「重力波」を使った観測方法なら「ブレーン」の外側を観測できる可能性があるのである。

 

またこの、重力だけが「ブレーン」を通り抜けられる、という性質によって、「階層性問題」を解消できるのではないか、と考えられている。詳細なモデルについては、僕もきちんと理解できているわけではないのでうまく説明できないが、要するに、「ブレーン」の外側(バルク)で作られた「重力」が「ブレーン」の内側に届くまでに、その力が指数関数的に急速に減少する、というモデルを著者は構築することが出来た、ということのようだ。計算上は、現実の観測データと一致するモデルであり、またそのモデルが予測する現象が、CERNなどの実験施設で検出可能なのではないか、と考えられているという。

 

素粒子物理学の難しさは、検証の困難さだ。「万物理論」の候補と言われる「超弦理論」にしても、あまりにも検出困難な予測が多く、まだその正しさを検証する段階に至っていない。そういう意味で、既存の実験施設で検証可能なモデルを作り上げた、という意味で、彼女の功績は大きいだろう。検証可能なモデルであれば、正しいかどうかを確かめることが出来、その結果がどちらであっても、研究をまた先に進めることが出来るのだから。

 

リサ・ランドールはその後も、魅力的な理論を様々に発表している。これからもワクワクさせるような発見・研究を発表し続けて欲しい。

 

『ワープする宇宙』NHK出版
リサ・ランドール/著 向山信治/翻訳

この記事を書いた人

長江貴士

-nagae-takashi-

元書店員

1983年静岡県生まれ。大学中退後、10年近く神奈川の書店でフリーターとして過ごし、2015年さわや書店入社。2016年、文庫本(清水潔『殺人犯はそこにいる』)の表紙をオリジナルのカバーで覆って販売した「文庫X」を企画。2017年、初の著書『書店員X「常識」に殺されない生き方』を出版。2019年、さわや書店を退社。現在、出版取次勤務。 「本がすき。」のサイトで、「非属の才能」の全文無料公開に関わらせていただきました。

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