「強い」「速い」「高い」以外の価値観を、広告的なやり方で輝かせる 『マイノリティデザイン』

三砂慶明 「読書室」主宰

『マイノリティデザイン』ライツ社
澤田智洋/著

 

マイノリティデザインってなんだろう。
一読してタイトルがわからない本を見つけた時、なぜだか、宝物を見つけたように心が高揚してくる。大抵の場合、自分の知識が不足しすぎていて、単純にものを知らかっただけのことが多いのですが、読み続けていると思わぬ出会いをすることがあります。本書の最後のページを閉じたとき、目の前に現れたのは、未知の「新大陸」でした。

 

本書の著者、澤田智洋氏は、大手広告代理店につとめ、映画「ダークナイト ライジング」や高知県、テレビCMなどを手がける花形コピーライターです。劣等感を感じていたという帰国子女の出自を生かし、点在する情報を掛け合わせて、新しい価値を生み出し、コピーライターとして世の中に広めていきます。順調だった人生が反転したのは、最愛の息子が生まれて3カ月目のことだったと書かれてありました。

 

「緑内障と白内障が進行すると、めまいや吐き気といった症状が出る可能性があるため、手術をすることになりました。生後半年にも満たない体で5月に一度、7月にもう一度。
命に別状はないものの、目が見えるようになることはないであろうという現実を、受け入れざるを得ませんでした。
終わった、と思いました。」

 

どれだけ最高の広告をつくっても、一番見せたい息子には見えない。頭の中に広がっていく絶望。その日から仕事が手につかなくなり、コピーも書けず、企画も浮かばなくなったといいます。わらにもすがるような気持ちで、夫婦で本を探し、打開策を探します。でも、どれだけ読んでも答えは見つかりませんでした。だから、発想を転換し、家で悩むのではなく、実際に障害当事者に会いに行って話を聞こうと動きはじめます。

 

「どんなふうに育ったんですか?」「どうして今の仕事を始めたんですか?」「夢はなんですか?」

 

障害当事者に会って、他の当事者や、家族、雇用している経営者らを紹介してもらい取材を重ねていきます。人から人へ輪が広がり、話を聞けば聞くほど見えてきたのは、当事者たちの生き方や考え方が「おもしろい」だけではなく、彼らの暮らしや、困難の乗り越え方、人生の捉え方や幸せや豊かさの定義が、発見に満ちている事実でした。

 

「息子に障害があると知ったとき、絶望的な気持ちになりました。それは、「障害がある=かわいそう」という刷りこみが、僕の中にあったからです。」

 

当事者への取材を通して、刷りこみがときほぐされ、むしろ、できないことは「克服するもの」ではなく、「生かすもの」であるという新しい視点を獲得していきます。
マイノリティの課題や価値を、自身の仕事である「広告的なやり方」で輝かせる途方もない実践。

 

「制約」を「翼」に。
「義足」を「ファッション」に。
「運動音痴」を「ゆるスポーツ」に。

 

そもそもの前提を疑い、「タグ」を外して、目の前にあるものを、そのままの形で受け止めることができれば、今までかえりみられることのなかった存在に柔らかい「スポット」をあてることができる。大量生産、大量消費でまわっている過酷な労働環境とは違う、オルタナティブな社会を実現するにはどうしたらいいのか、という本質的な問い。「強い」「速い」「高い」以外の、鮮やかな価値観の提示には、読んでいて震えました。

 

この本は、まずコピーの本であり、ある父親が福祉の世界に飛び込んだ記録であり、私たち自身が多かれ少なかれ抱えるマイノリティにスポットをあてる本であり、何より先の見えない現在を、乗り越えるための生き方の本です。
本書のタイトルである「マイノリティデザイン」は、著者自身の造語。
著者が直面してはじめて知った「マイノリティ」の価値を、「マジョリティ」に届ける新しい概念です。いま、たとえようもない不安や、困難を抱えている人こそ、この本を手にとって読んでください。きっと、あなたの背中を支えてくれるはずです。

 

『マイノリティデザイン』ライツ社
澤田智洋/著

この記事を書いた人

三砂慶明

-misago-yoshiaki-

「読書室」主宰

「読書室」主宰 1982年、兵庫県生まれ。大学卒業後、工作社などを経て、カルチュア・コンビニエンス・クラブ入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。著書に『千年の読書──人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)、編著書に『本屋という仕事』(世界思想社)がある。写真:濱崎崇

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