ベルリンで開花した、前人未到の「サウンドとヴィジョン」【第34回】著:川崎大助
川崎大助『究極の洋楽名盤ROCK100』

戦後文化の中心にあり、ある意味で時代の変革をも導いた米英のロックミュージック。現在我々が享受する文化のほとんどが、その影響下にあるといっても過言ではない。つまり、その代表作を知らずして、現在の文化の深層はわからないのだ。今を生きる我々にとっての基礎教養とも言えるロック名盤を、作家・川崎大助が全く新しい切り口で紹介・解説する。

68位
『ロウ』デヴィッド・ボウイ(1977年/RCA/米)

Genre: Art Rock, Electronic, Avant-Pop, Ambient
Low−David Bowie (1977) RCA, US
(RS 251 / NME 14) 250 + 487 = 737

 

 

Tracks:
M1: Speed of Life, M2: Breaking Glass, M3: What in the World, M4: Sound and Vision, M5: Always Crashing in the Same Car, M6: Be My Wife, M7: A New Career in a New Town, M8: Warszawa, M9: Art Decade, M10: Weeping Wall, M11: Subterraneans

 

デヴィッド・ボウイ通算11作目のアルバムにして、ベルリン時代の幕開けを告げる1枚がこれだ。本作は発表当初、賛否両論を呼んだ。レーベルの重役は「これはボツにして、もっと『ヤング・アメリカンズ』みたいなのを作ってよ」と本人に手紙を書いたとか。いやボツにならないでよかった。なぜならば本作は、とくにサウンド面で、文字どおり「ロックの未来予想図」となった1枚だからだ。

 

問題視された理由は、まず第一に「歌ものらしい曲」が計5曲(M2、M3、M4、M5、M6)しかないところ、だろう。第二に、大半を占める「ほぼインストゥルメンタル」のナンバーの、とくにアルバム後半部が、鎮静的なシンセサイザーが渦を巻く、アンビエント音楽の強い影響下にあるものだった――からだと考えられる。ついこないだまで、眉毛剃ってコカイン食ってロックスター業にいそしんでいた男が、なぜ突然にアンビエントなのか?と、大向こうを大混乱せしめた……のが本作だった。

 

ベルリン時代のボウイを語る上で、欠かせない人物がブライアン・イーノだ。ロキシー・ミュージックのキーボーディストとして世に出た彼は、つまりはかつてのボウイ同様グラム・ロッカーだったのだが、このときはアンビエント音楽の先駆けともなっていた。彼とボウイが共作したのがM8「ワルシャワ」で、本作全体のトーンを象徴する1曲だ。このほかイーノは全編にわたってキーボードなどで活躍した。

 

この当時のボウイは、クラフトワークなどの電子楽器を多用したドイツ産ロックに傾倒していた。そんな彼の指向性をしっかりつかんで伸ばしたのが、共同プロデューサーのトニー・ヴィスコンティだ。彼が導入した最新鋭機器、イヴェンタイドH910ハーモナイザーは、スタジオに革命を起こした。とくにスネア・ドラム。各曲で聴ける、色鮮やかに弾けるような破裂音の魅力――このスネア・サウンドが、ニューウェイヴ、ポスト・パンクの時代に、いったい幾度模倣されたことか。

 

もっと正確に言うと、「本作がなければ」ニューウェイヴ、ポスト・パンク以降のロック音楽の全体像すら、まったく様相は違っただろう。それほどまでの、桁外れのインパクトをいきなり世に投げかけたのが、突如「アート指向」となった、このときのボウイだった。ここから『ヒーローズ』(77年)、『ロジャー』(79年)と続くのが、ボウイの「ベルリン三部作」だ。

 

次回は67位。乞うご期待!

 

※凡例:
●タイトル表記は、アルバム名、アーティスト名の順。和文の括弧内は、オリジナル盤の発表年、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●アルバムや曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、収録曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
●収録曲一覧は、特記なき場合はすべて、原則的にオリジナル盤の曲目を記載している。

 

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究極の洋楽名盤ROCK100

川崎大助(かわさき・だいすけ)

1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌『ロッキング・オン』にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌『米国音楽』を創刊。執筆のほか、編集やデザ イン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌『インザシティ』に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)がある。

Twitterはこちら@dsk_kawasaki

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