女性たちの身体とその断片をめぐる怖くも美しい短編集

馬場紀衣 文筆家・ライター

『彼女の体とその他の断片』エトセトラブックス
カルメン・マリア・マチャド/ 著 小澤英実、小澤身和子、岸本佐知子、松田青子/訳

 

 

カルメン・マリア・マチャドのデビュー作となる本書を読んで、その語りの多様さに驚かされた。4名の女性翻訳家たちによる8編の物語は、ゴシックホラー風かと思えばファンタジー調だったり、シュルレアリズムな雰囲気もあり、そしてどこか教訓的だ。レズビアンを公表するマチャドにとって、社会にはびこる性差別への想いは創作の原動力だ。

 

本書は全米図書賞をはじめ、その年最良のデビュー作に贈られる全米批評家協会賞ジョン・レナード賞など9つの賞を受賞。さらにニューヨーク・タイムズ紙の「21世紀の小説の書き方と読み方を変える女性作家の15作」のひとつにも選ばれている。彼女の作品をたったひとつでも作品を読めば、これが決して過大評価ではないと分かるはずだ。

 

首にリボンを巻いている女性の秘密を描いた『夫の縫い目』は、有名な子供向けの怪談話を下敷きにして生まれた作品だという。主人公は幼いころから首に緑色のリボンを巻いているジェニー。夫のアルフレドとジェニーは愛し合い、結婚し、子どもを育て、一緒に歳を重ねていく。生活の節々にリボンについてしつこく訊ねる夫に、ジェニーは決してリボンの秘密を語らない。やがて死の間際が訪れたとき、ジェニーはついにリボンの秘密を明かす。タイトルの意味を最後の一ページで読者は理解することになる。

 

マチャドの女性の身体へむける眼差しは鋭い。別れた同棲の恋人が自分たちの赤ん坊を連れてきた場面からはじまる『母たち』。太らない身体を手に入れるため、食べられない臓器手術を受ける『八口食べる』。山奥のホテルを訪れた小説家の体験が語られる『レジテント』。女性の身体が少しずつ透明になる奇病が蔓延する町で消えゆく恋人と愛し合う女の子の物語『本物の女には体がある』。

 

消えてしまった彼女たちの体はどこへ行くのだろう。体内から引き離された臓器の一部はどうなったのか。体が失われたあとも、物語の世界では刻々と時間が流れてゆく。奇妙な違和感を漂わせながら、それでも彼女たちが淡々と日常を送る様子は私たちが今まさに直面している現実と重なる。とはいえ、マチャドが描くのは終末論的な世界ではない。物語の断片には、不安に見え隠れするようにして、確かに愛が存在しているのだから。

 


『彼女の体とその他の断片』エトセトラブックス
カルメン・マリア・マチャド/ 著 小澤英実、小澤身和子、岸本佐知子、松田青子/訳

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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