私たちの青春は、横浜ベイスターズとともにあった

金杉由美 図書室司書

『いつの空にも星が出ていた』講談社
佐藤多佳子/著

 

 

スポーツ全般にまったく関心がないのだけれど、スポーツを題材にした小説は好きだ。
特に野球もの。
伝説の外野手を甦らせるために農夫がトウモロコシ畑に球場をつくる「シューレス・ジョー」、会計士が夜ごと野球盤に熱中する「ユニバーサル野球協会」、メジャーリーグのスター選手がチームメイトと恋に落ちる「二遊間の恋」などなど。
並べてみると、常軌を逸するほどの熱意を描いた物語ばかりだと気づいた。
野球には人を狂わせる何かがある、のだろうか。

 

「いつの空にも星が出ていた」とタイトルにも輝くその星は横浜DeNAベイスターズ。
本書は、ベイスターズをめぐる4つの短編から成っている。

 

高校のパッとしない囲碁同好会の生徒たちがパッとしない顧問教師に引率されて神宮球場で観戦する、ホエールズがトリプルスチールを決めた1984年の対スワローズ戦(「レフトスタンド」)
大魔神・佐々木主浩とマシンガン打線に横浜の街が熱狂した1998年、恋と受験とベイスターズの嵐の中を駆け抜けて大人になっていく少女(「パレード」)
応援仲間が引っ越して以来スタジアムに行けなくなった青年と、石井琢朗が移籍して以来スタジアムに行かなくなった青年が、横浜からベイスターズが去るかもという報道に意を決して向かった2010年の最終戦(「ストラックアウト」)
川崎の小学生が新幹線にひとり乗って福岡まで遠征し、元私設応援団員の祖父と一緒にヤフードームで観た2017年の日本シリーズ第6戦(「ダブルヘッダー」)

 

それぞれの時代でたくさんのファンたちに支えられてきた球団の歴史。
それがぎゅっと圧縮され、温かくて切ない物語の中に詰めこまれている。
ルールさえよくわかってなくて日本にはセ・リーグとパ・リーグがあるんだくらいの知識しかない人間でも、読み進むうちにベイスターズという球団が妙に気になりだし、関連事項をあれこれ検索してしまった。
なかでも1998年の優勝パレードに使用されたオープンバスのエピソードに驚いた。
当時はオープンバスがなかったので市営バスの廃車候補の車両を改造したらしい。
車体の上半分をカパッと取り外したわけだが、なんと整備士2名が丸鋸を使って手作業で切り落としたという。バスって人力で輪切りに出来るんだ…。
こういった裏方系の話や応援団のシステムなど、丁寧な取材の積み重ねをうかがわせる逸話も編みこまれ、野球が好きじゃなくても興味をそそられる。野球好きなら当然もっと楽しめる。ベイスターズファンなら間違いなくもっともっと楽しめる。

 

そう、本書は野球愛が具現化した一冊なのだ。

 

試合の結果、球団の順位、選手の好不調。それらに一喜一憂するファンたち。何が彼らをこれほどまでに夢中にさせるのか。
スタジアムに足を運ぶ、ということがどんなに特別で大切なことなのか。
好きなチームのがんばってがんばってがんばっている選手たちを、手を叩いて声の限りに叫んで歌って応援する。それがどんなにすばらしい体験なのか。
ホームであろうとビジターであろうと、ただただその場にいる観客全員が白球の行方を追い全身全霊で勝利を祈る。なんてシンプルで強い想いなんだろう。
勝っても負けても、野球場には幸せしかない。
青い空の下で体感したひとつひとつのゲームは、奇跡のような幸福の記憶として心に焼き付く。
たかが野球。されど野球。

 

野球ファンの人たちがちょっとうらやましくなってきた。

 

こちらもおすすめ。

『愛と勇気を、分けてくれないか』小学館
清水 浩司/著

 

「広島市民球場」という単語を聞いただけで胸がきゅーっとしてしまう人たちにぜひ読んでほしい。80年代の広島。恋と青春と野球と音楽の物語。

 

『いつの空にも星が出ていた』講談社
佐藤多佳子/著

この記事を書いた人

金杉由美

-kanasugi-yumi-

図書室司書

都内の私立高校図書室で司書として勤務中。 図書室で購入した本のPOPを書いていたら、先生に「売れている本屋さんみたいですね!」と言われたけど、前職は売れない本屋の文芸書担当だったことは秘密。 本屋を辞めたら新刊なんか読まないで持ってる本だけ読み返して老後を過ごそう、と思っていたのに、気がついたらまた新刊を読むのに追われている。

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を