2021/06/10
横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店
『たまごのはなし』ブロンズ新社
しおたにまみこ/著
自分のなかにある、こころのありかをしる。
こんなことは一生にいちど、経験できるかどうか分からないような奇跡だわ。
こころが、こころが、むずむずっとしてぐらぐらってうごいたの。
こころがここにいるって確信できるくらいに、はっきりとした力強さでうごめいたの。
こころのいばしょをつきとめたわたしは、 “そこ”にいしきを集中させてみた。
熱くてうねうね動くかたまりみたいなそれをつかまえて、けっしてはなさなかった。
そしたら、そしたら、なにが起こったとおもう?
そこから何かがあふれだしたのよ。
とつぜんに、とうとつに、こぽおって何かがあふれたのよ。
内側からあふれた“それ”は、からだなんてやすやすと通り抜けて世界にこぼれおちたの。
それらをかき集めて、ときどき埃をはらったりなんかして、きれいにみがいてことばをあてがったものが、このもじのつらなりってわけ。
わたし、とんでもないものをみてしまった。
わたし、はてしない物語とであってしまった。
わたしがみたもののしょうたい、しりたい?
わたしがこの耳でしかときいたふしぎなはなし、ききたい?
ふんふん。
あなたったらしようのないひとね。そんなあなたに、こっそりしっかり教えてあげるわ。
じゃあ、じゅんびはいい?
いまさらやーめたは、しょうちしないわ。
わたしね、わたしね!
た ま ご の は な し をきいたのよ!
このたまごはね、ある日とつぜんぱちりと目をさましたんだって。ずいぶんながくころがってたみたいなんだけど、なんにもかんがえてなかったから、どのくらいとかはわからないみたい。
けれど、たまごはおもったの。
「どうして わたしは いつまでも こんなふうに ころがっているんだろ」って。
いままで、ただころがっていたなんてうそみたい。
たまごは初めて立ったとはとうてい思えないくらい、スムーズに立ちあがった。
とんだりはねたりも、うん、できる。
そして、しぜんに歩きだしたわね。
歩くため、つかむために、にょっきりはえた細くてながい手足。よくよくみるための目。おかしをたべたり、おしゃべりしたりするための口。あぁ、ぴったりのふくまできてる。
そうして――たまごは、さんぽに出ることにしたの。
キッチンにころがっているたまごたち。むりやり目をあけようとしたら、うなりごえをあげ、ころがっていってひびが入った。はぁ。このたまごの運命は、いりたまごかオムレツまっしぐら。
…わたしのせいなんかじゃ、ないわ。
つぎに出会ったのはマシュマロ。
袋をナイフで器用に引き裂いて、中からぽろりとでたマシュマロをかじってみた。
「なんで かじるのさ?」
ひぃっ、しゃべった。そして、ははぁんって理解した。
わたし、ことばを発していなかった。
わたし、無言でたまごたちをころがした。
ちょっぴり罪のいしき。わけもいわずにころがして…
ただ、うごくすばらしさをおしえようとしただけだったのよ。
まっ、もうどうすることもできないけどね。
マシュマロをみならって、なぁんてこともないんだけどさ。
ことばで意思をつたえることの大切さは分かった。
だから、わたしもしゃべることにした。
これからはわたし、あるいてしゃべるたまごなんだから。
マシュマロとともに、キッチンからおり立って、へやのなかをあるきまわった。
(キッチンからおりるのには、はがしやすいテープを使ったわね)
「たべものが うごきまわるな」っていった、うえきばちの口にはテープをはって。
だいじなしごとがあるからさんぽにいけないっていう、とけいからはでんちをぬいて。
ぶーぶーもんくばかりのナッツたちには、はちみつをかけてやった。
わたしがちょいっと、てをかければみんなだまったわ。
ぶーぶーもんくをいうまえに、ただ口をとじればいいだけのはなし。
わたしには、悪意も他意も、なにもない。
だから、ためらうことなく口をふうじたまでのこと。
ただ、こうしたらどうなるんだろ?って好奇心があったことだけはいなめないわね。
それでね。
わたしのなかに、うーん…たぶん存在している、きみがずれたきがしたしゅんかんがあったのよ。でも、なんだかもとのいちにもどったみたい。
もとにもどったことの、しょうめいみたいね。
いまは、雨がやんでひかりがさすのを、きれいだなってゆたかなきもちでながめてる。
さて、わたしが聞いた「たまごのはなし」。
ほんとうはまだまだあるんだけれど、きょうのところは、ここでおしまい。
なぜなら、わたしのなかでぐらぐらって揺れていたこころが、しんとしずまりかえったの。
しずまりかえったこころからは、いまのところ、もうことばがうまれそうな気配がないの。
こころがうごかないと、ことばがつむげないなんて、やっかいなはなしよね。
ふうって、アンニュイなふんいきをかもし、あさってのほうこうを見つめたわたしに、ぴかんとなにかがきらめいた。
ん?ん ん ん?
わたし、もしかしたら、たいせつなことにきづいたかも。
たいせつなことを、おもいだしてしまったかも。
わたしがこころと思ったもの。
それって、ほんとうにこころなのかしら。
もしかして、わたしがこころとおもったものって…
「きみ」だったんじゃないかしら。
だって、たまごのまんなかにはきみが、わたしのまんなかにはこころがあるのよ?
わたし、ひっつかまえてたしかめたんだから。まちがえるはずはない。
こんなぐうぜん、ありえるかしら。
ありえるかしら、ありえるかしら…
ありえないんじゃないかしら?
もしかして…
わたし、たまごなのかしら?
わたしも、わたしも、たまごなのかしら?
もしも、わたしがたまごでも。
せかいはなにもかわらないわ。
『たまごのはなし』ブロンズ新社
しおたにまみこ/著