2021/06/25
竹内敦 さわや書店フェザン店 店長
『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。』光文社
妹尾武治/著
「この世は全て事前に決定しており、自分の意志は幻影だ」と著者は言う。それを「心理学的決定論」と著者は呼ぶ。自分がいつ死ぬか、仕事がうまくいくか、今日の夕飯がカレーなのかラーメンなのか、全てがすでに決まっているという。
そんなことがあるのか?未来はこれからの自分の選択次第ではないのか?そのときにならないと何を選択するかわからないのではないのか?未来は自分で切り開くものだとか、可能性は無限大とか言うではないか?そんなばかな、と思うのが普通の反応だろう。
それが真実だと信じることは、両刃の剣だ。何かしら不幸に陥ったときには結果は決まってたと思えば少し救われ絶望まではしないかもしれない。一方未来が決まっているなら努力は無駄とモチベーションが失われるかもしれない。10歳の息子が、宿題を忘れたのは決まっていたんです、なんて言い訳するかもしれない。真実だとしたら生き方とどう折り合いをつけるかが難しいのではないか。
なんとなく眉唾な気持ちで読み始めたが、予想外に面白かった。心理学的決定論の正しさを証明するために、世界中の様々な実験結果が紹介されていく。被験者が好きなタイミングで手を動かし脳波との関係を測るリベットの実験によると、手を動かそうという意志を持つ前に脳波が指令を出しているという。ということは意思を持たされてると考えられるのか?自分が決めているつもりで実は決めさせられているのか?
他にもなんとも不思議な結果になる実験が紹介されていて、それを読むだけで楽しい。心理学、生理学、脳科学のみならず哲学、アート、文学、宗教の最新の研究や実例からの証明も、人間が真理を追求する過程に興奮すら覚える。
序盤は残りのページの厚さを見て、まだまだこんなに楽しめるとワクワクしたし、半分読んだときは、あと半分も楽しめるとワクワクした。
最後まで堪能したあと、著者の心理学的決定論を信じたかというと、正直結論は出ていない。率直に言うと悶々としている。もしかしたら本当?かも?と思わされてもいる。だとしたら、これからいったい私はどうしたらいいのか、という戸惑いの中にすらいる。考えてないときは普段と変わらない日常に生きている。
突きつめて考え過ぎるとからだに良くないとも思うが、考え過ぎるのも楽しいことだと発見した。
つまり、科学的な実験から得られた結果から自然に導き出される有力な仮説である、ということだ。映画・小説・漫画などの作品や思想哲学からの示唆もこの仮説が真理である可能性が高いよ、ということだ。有力な状況証拠が羅列されている。それがとんでもなく面白いのだが、完全に解明されたわけではないとも思える。現代の科学技術では計測できない何かが働いているのかもしれない。ただ、某テレビ番組のような眉唾な学説からのトンデモ科学ではないことは確かだ。
自分の考えの押し付けではなく紹介であると著者が書いているとおり、その思惑は大成功している。その考えかたにはとても興奮したし、まるで一級品のSF映画を2〜3本見たような時間を過ごせたし、今後の人生がより豊かになるだろうとも予感できる。そしてなによりも読むと面白いからオススメする、ただこれだけである。
『未来は決まっており、自分の意志など存在しない。』光文社
妹尾武治/著