眠れない夜に読みたい絶望に効くシオランの名著

三砂慶明 「読書室」主宰

『生誕の災厄<新装版>』紀伊國屋書店
E.M.シオラン/著 出口裕弘/訳

 

 4月のことでした。書店に届く新刊書の案内を見ていて思わず声がでてしまいました。紀伊國屋書店から届いた新刊と「書物復権」の案内です。
 書物復権とは、出版社に寄せられた読者からのリクエストをもとに、品切れになった本を復刊させる取組みで、2021年で第25回になりました。案内によれば、1976年に刊行されたシオランの『生誕の災厄』が、水戸部功の装丁でリニューアル。さらに昨年の『絶望のきわみで』につづき『涙と聖者』も新装版で復活! この復刊の波は法政大学出版会局で、長らく品切れしていたシオランの著作にも及び、これで国文社から出たまま古本市場で高騰しているシオラン選集さえ復刊してもらえたら、長年古書店の棚の前をさすらっていたシオラン読者にとってはこの上ない朗報となるはずです。

 

 ただ、よくよくシオラン復刊の流れを考えてみると、そのきっかけは間違いなく『現代思想』2019年11月号 「特集=反出生主義を考える」でした。南アフリカの哲学者、デイヴィッド・ベネターの『生まれてこないほうが良かった 存在してしまうことの害悪』が震源地となって、ベネターが問う「苦痛」と「快楽」の非対称から、人間がこの世に生まれてくることは道徳的に問題であるという文脈に接続されて、シオランに光があたるのは、個人的には複雑な気持ちでした。良い、悪いの足し算と引き算で、数字で測ることのできない人生を計算している論点は新鮮でしたが、シオランが語っているのはそういうことではないと感じたからです。

 

 私なりにシオランの魅力を整理すると、まず何よりも、強烈な言葉の魅力です。エミール・シオランは、ルーマニア生まれの作家で、ニヒリズムの思想家としてよく知られています。第二次大戦後、ソヴィエトの支配下になった母国には戻れず、終生、外国であるパリで暮らすことを選びました。母語ではなく、外国語であるフランス語で著作を書き続けた作家で、自由に書くことができたルーマニア語とはちがって、フランス語は拘束具のようだとぼやいていますが、その言葉は鮮烈です。代表作にして最後の著作となった『告白と呪詛』には、

 

「私たちは、ある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。祖国とは、国語だ。それ以外の何ものでもない。」出口裕弘訳

 

 と、それ以上何も付け加えることができないシオランの到達点が示されています。
 シオランの真骨頂はアフォリズムの文体ですが、しかし、1967年に日本ではじめて邦訳された『歴史とユートピア』を読めば、その考えが早計かもしれないという後悔にも苛まれます。数々の著作をものしたシオランの主題は、実はたった一つしかありません。人類の滅亡であり、人生への絶望です。
「もしこの本を書かなかったら、私は私の夜に終止符を打っていたにちがいない」(金井裕訳)。そう書かれた22歳のデビュー作『絶望のきわみで』には、「生には何ひとつ意味がないばかりではない、そもそも意味をもちえないのだ。」という事実が、寄せては返す波の音のように延々と書き続けられていて、読んでいるとむしろ明るい気持ちになってきます。
 その思想は、デビューから6年後、1940年にルーマニア・シビウで刊行された『思想の黄昏』でもまったくぶれていません。「心の悲しみと喜びが分かってみると、打ち砕くべき心がたったひとつしかないのが残念に思われる。」との文からは、本当に残念がっているシオランの姿が思い浮びます。
「ただひとつの、本物の不運、それはこの世に生まれ出るという不運だ」(金井裕訳)と、生まれてくることが災厄だと説いた『生誕の災厄』が反出生主義と相性がよいのは、個人的にもよくわかりますが、シオランは「絶望」や人類への呪詛を繰り返し書き続けることで、最悪の人生を、ほとんど働かず、お金がなくなると友人たちから物資を差し入れてもらったり、カフェではサルトルの隣の席に座り、無名の一個人として議論を盛り上げたりして、生き抜きました。
 私にとって、シオランは「夜」の思想家です。『夜の賛歌』を書いたノヴァーリスと違うのは、シオランが終生、うまく眠れなかったことだと思います。

 

「ぐっすりと眠った夜は、あたかも存在しなかったかのような夜だ。私たちが眼を閉じることのなかった夜、それだけが記憶に灼きついている。夜とは、眠られぬ夜のことだ。」出口裕弘訳

 

 この一節は、今も忘れられません。20年前に、今はもうなくなってしまった高円寺の都丸書店の300円均一棚で出会ってから、ぼろぼろになるまで何度も繰り返し読み続けています。
 私はいつも失敗ばかりしているので、眠れない日がよくあります。
 夜になって電気を消し、天井をながめていたら、そのまま朝になったことが何度もありました。真っ暗になっても、目をあけているのか閉じているのかわからなくなっても、それでも眠れなくて、時間が過ぎていくのを待っているのがしんどくて……。そういう日はシオランを繰り返し読んでいました。シオランがこの『生誕の災厄』を書いてくれたおかげで、私は眠れない夜をのりこえることができました。とっておきの、眠れぬ夜の処方箋です。

 


『生誕の災厄<新装版>』紀伊國屋書店
E.M.シオラン/著 出口裕弘/訳

この記事を書いた人

三砂慶明

-misago-yoshiaki-

「読書室」主宰

1982年、兵庫県生まれ。本と人とをつなぐ「読書室」主宰。 大学卒業後、株式会社工作社などを経てカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。これまでの主な仕事に同書店での選書企画「読書の学校」やNHK文化センター京都教室の読書講座などがある。著書に読書エッセイ『千年の読書 人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)がある。写真:濱崎崇

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