2021/07/29
白川優子 国境なき医師団看護師
『一八〇秒の熱量』双葉社
山本草介/著
無謀すぎる挑戦、狂気の沙汰、クレージーな戦い。
「いやいやいや、こんなことあり得ないでしょ!」とあっけにとられ、呆れながら、それでも気づいたら前のめりし白熱していた。
ボクシングなど、なかなか特別なきっかけがないと観る事はない。つまり私はボクシングに関しては素人であり、ルールも何となくかじっているだけである。それでも全くつまずくことなく読み進められる。まるでこの本そのものがリングの上で展開されているかのように歓声と汗、息づかいを目の前に感じ、一八〇秒の熱量を間違いなく受け止めた。
これは、9カ月後に37歳の誕生日を迎える米澤重隆というボクサーに夢を託した男達の話だ。日本ボクシングコミッションの規定によると、37歳に達したボクサーのプロライセンスは自動的に失効となってしまう。ただし、37歳以上であっても現役のチャンピオンに関してはタイトルを失うまで、そして各種トーナメントで勝ち進んでいる選手については負けるまでそのライセンスを保持できるのだという。
つまり、米澤氏のプロライセンス失効を回避するには、まずは9ヵ月以内にチャンピオンにならなくてはならない。この本の要であり醍醐味でもあるのが、米澤氏がサラリーマンをしながらボクシングジムに通うごく平凡なボクサーだということだ。そしてその名もなきボクサーに対し、様々な手口や突破口、そして徹底的に調べ上げたルールとその抜け穴を拾い上げながら、奇跡を託し信じた会長やトレーナーたちの熱い思いと愛が突き刺さる。
偶然ではあるが、このドキュメンタリーが生まれたという青木ボクシングジムは私の仕事場からは徒歩でも行ける距離だと知り、このドラマのような話が、実は身近で起きていたのだと思うと、さらに現実味を帯び、感慨深い。
そもそもボクシングに精通しない私がこの本を手にしようと思ったのにはある2つのきっかけがあった。まず、私の国境なき医師団の同僚に、ボクサーでもあり外科医がいる。結果として彼のプロとしての最期となってしまった試合を私は目の前で観戦していた。彼もまた、ライセンス保持と年齢制限の狭間で戦っていた1人だった。
そして著者の山本草介さんには仕事で一度お世話になった事がある。その関係で彼が初めての著書を上梓したという話はすぐに回ってきた。どんな話を書いたのだろうかと思っていたが、「ボクサー」「年齢制限」という馴染みのあるいくつかのキーワードに惹かれた。
読んでいると、「絶対無理でしょ」という冷ややかな思いから始まり「え、うそ、いけるかもしれない?」というように気持ちが変容してくる。そしてのめりこむのだ、一八〇秒、つまりリングの上の3分間の奇跡を信じ、夢に向かう激熱男達の姿に。
一見女性が手に取るような本ではないかも知れまい。勝手な予想ではあるが、著書の山本さんも読者のターゲットのメインは男性に考えていたのではないかと思っている。
しかし、敢えて私から言いたい。
これは「女性に勧めたい一冊」と。
読み終わったいま、「理屈ではない男達の夢や浪漫」というものを理解し、それを讃える度量が備わった気がしているからだ。
『一八〇秒の熱量』双葉社
山本草介/著