2018/07/12
藤代冥砂 写真家・作家
『パタゴニア』河出文庫(河出書房新社)
ブルース・チャトウィン/著 芹沢真理子/訳
トラベルライティングファンならば、ブルース・チャトウィンの名は、好みを超えた棚上にコトンと収まっていると思う。単なる報告記や見物記とは出自の異なる文学性があり、タフなだけでなく、予め失われているような色気や弱さが漂う世界は、移動する思考者の美しさが醸し出されて印象的だ。
チャトウィンは1940年生まれの英国人で、ジョン・レノンとためである。三十代半ばに会社を辞め、パタゴニアを目指し、この傑作をものにした。
97章に小分けされた全体は、短文に満たされた日常を過ごす現代人には読みやすく、また、冗長になりがちなこの手の書物に、旅の日常にある分断感をリアルに再現することにもなっている。そう、旅というのは一編の長い物語というよりも、小分けにされた場面と対になる感情とから構成されたオムニバスに似ている。その感じが97章にうまく現れている。
パタゴニアと聞けば、独特な位置にあるアメリカのアウトドアブランドを思い起こすかもしれない。南米の南部にある山脈と裾の土地は、日本人からは遠すぎてある意味別の星のようでもあるが、欧米人にとっても、最近まで未開の土地の代名詞であった。ある意味、あの世ぐらい遠い場所であった。日本で言えば、恐山といった所か。
そういう土地を目指すということは、ちょっと出かけてくるという観光ではなく、大切にしていた半生分の何かを故郷に置いて、心の中にある失われた場所を埋めるために、発心して挑むように出かけていく場所であった。
とはいえ、この「パタゴニア」は探検記ではなく、書店員であれば、文学のコーナーに置きたくなる本である。
チャトウィンも自らをリテラリ・トラベラー(文学的旅行者)と認めている。自然や民族を観察するに飽き足らず、文学的な視点や知識からも旅を読み解いていく姿は、その博識ぶりもあって、読者にとって旅と文学を同時に体験できる愉しみがある。思えば、両者とも未知の世界へと読者を誘うとう点では、肩を並べている。
私たちは、未知に対して、「感じる」という語を皿にしがちだが、「考える」ことも出来る。日常から離れて、しっかりと考えるために、旅は時々用意されるべきなのだろう。
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『パタゴニアふたたび』白水社
ブルース・チャトウィン ポール・セルー/著 池田栄一/訳
『パタゴニア』河出文庫(河出書房新社)
ブルース・チャトウィン/著 芹沢真理子/訳