2021/11/17
長江貴士 元書店員
『ノヴァセン <超知能>が地球を更新する』NHK出版
ジェームズ・ラヴロック/著 藤原朝子、松島倫明/翻訳
本書を最初に見た時の印象は、「メチャクチャ胡散臭い本だな」というものだった。本の表面に書かれていることが、なんか全体的に怪しい。だから、帯のコメントが落合陽一で良かった。「落合陽一が帯のコメントを書いている」という一点だけで、僕は本書を読んだ。落合陽一のコメントがなかったら、まず読んでいなかっただろう。
内容そのものも実に刺激的で面白かったのだが、内容に触れる前にまず著者に触れよう。正直言ってまず、この著者に驚かされた。
なんと、本書執筆時点で99歳だ。本書の巻末の解説に、
著者名を知らずにこれが30代の新進気鋭の学者が書いたものだと言われたら、ぼくはなんの疑いもなく信じたと思う。
と書かれていたが、確かにその通りだ。99歳の発想とは思えないし、若い学者でもここまで斬新でビビッドな仮説を提唱することは結構難しいだろう。
さらにこの著者、膨大な功績を持つ科学者なのだが、大学や研究機関に属していないという。現在に至るまで、企業や政府機関からの依頼による仕事で得た収入と、特許のロイヤリティによって、生活と研究を賄ってきたのだという。そんな研究者の話は、大昔はあっただろうが(例えばアインシュタインは、後世に残る偉大な業績を挙げた時は、特許局に勤める役人で、科学研究は趣味だった)、現在ではなかなかないだろう。しかも、大学や研究機関に属すことなく、「呼吸器感染症」「人工授精」「ガスクロマトグラフィー」など多分野における業績を残しているのだ。凄いな。
そんな著者が以前から提唱していたのが「ガイア理論」である。「ガイア理論」を提唱した時点で既に幅広い功績のある科学者として認められていたが、それでもこの「ガイア理論」は発表当時、まったく受け入れられなかったという。いや、まあそうだろう。確かにこの「ガイア理論」、メチャクチャ胡散臭いのだ。一言で説明するとこうなる。
地球はひとつの巨大な自己調整システムであり、すなわち生命体のようなものだ
怪しくないだろうか?(笑) しかしこの理論、現在では受け入れられるようになっているという。
本書は、著者が提唱し続けている「ガイア理論」を元に、<超知能>の誕生が地球(や宇宙)にどのような影響を及ぼすのかについて書かれている本だ。
<超知能>というのは、ざっくり「人工知能」や「AI」のことをイメージしてもらえばいいが、著者はもっと大きなイメージを持っている。僕らが「人工知能」や「AI」という時「ヒト型」を想像することが多いだろうが、著者は、微生物から哺乳動物ぐらいまで、様々の大きさを持つ<超知能>が地球全体で共存する世界を想定している。
微生物大の人工知能があちこちに存在する世界が実現するかはともかくとして、人工知能の話になると良く、「人工知能が人間を襲う」というような不安が議論される。しかし著者は、そんな心配はないんじゃないか、と本書で主張している。その主張がメチャクチャ斬新で面白い。
概要をざっと書くと、「地球は、生命が存在するから冷えている。地球から生命がいなくなれば地球はより高温になり、地球そのものが保たない。だから人工知能は生命を根絶やしに出来ない」ということになる。
地球というのは、思った以上に温度が低いらしい。例えば、過去35億年の間に、太陽の熱放射は20%増えたという。これは、地球の表面温度が50℃まで上がってもおかしくないレベルだそうだ。しかし、地球はそうはなっていない。地球の表面全体の平均気温は、現在の15℃から上下約5℃程度の変化しかなかったという。このように地球は、外部の変化にあまり影響を受けずに済む「自己調整システム」を有している。この「自己調整システム」がなければ、地球の表面温度はぐんぐん上昇し、生命が存在できない環境になっていただろう。
では、この「自己調整システム」は何が作動させているのか。ここが非常に面白い主張なのだが、著者曰く、それは「生命そのもの」だというのだ。変な話ではあるが、生命が存在するお陰で地球の自己調整システムは作動し、地球は冷涼を保っている。そしてそのお陰で、生命が地球上で存在し続けることが出来ているのだ。
地球外生命体と関係するワードとして「ハビタブルゾーン」というものがある。これは、「生命が存在可能な条件を備えた環境」ぐらいの意味だ。例えば、太陽のような熱源に近すぎても遠すぎても生命は生まれない。水が存在できないからだ。生命が誕生するためには色んな条件を兼ね備えている必要があり、それらを満たした宇宙の領域のことを「ハビタブルゾーン」と呼ぶ。当然、地球も「ハビタブルゾーン」である。
しかし著者は、この「ハビタブルゾーン」というアイデアには欠陥があると考えている。何故なら、地球と太陽の距離だけ見れば、地球は生命が誕生するには太陽に近すぎるからだ。もし地球外生命体がいて、太陽系を観察しているとしたら、「地球は太陽に近すぎるから生命はきっと存在しないだろう。いるとしたら火星のはずだ」と結論するはずと主張している。
ではそんな地球に何故生命が存在しているのかと言えば、地球が大量の熱を吸収する「自己調整システム」を備えているからだ。そしてその自己調整システムは、生命が存在するお陰で駆動している。生命が存在するお陰で生命が存在できる、という、禅問答のような結論になってしまうが、著者の意見ではそうなる。
そしてここで<超知能>の話に戻そう。もし人類の知性を遥かに凌駕する<超知能>が誕生したとしても、彼らは生命を根絶やしにすることは出来ない。何故なら、生命を絶滅させてしまえば、地球が持つ自己調整システムは作動しなくなり、地球の表面温度は上昇するからだ。もちろん、<超知能>は機械だから、地球の表面温度が上がっても生存し続けられるかもしれない。しかしその前に、温度上昇に耐えきれなくなった地球がギブアップしてしまうだろう、というのだ。
だからこそ著者は、<超知能>が登場した後の地球で人類(を含む生命)が生き残る鍵は、<超知能>が「ガイア理論」を受け入れるかどうかに掛かっている、いう。なるほど、確かにそうかもしれない。<超知能>に「ガイア理論」を信じさせ、地球を冷涼に保つというプロジェクトに加わってもらえれば生き残れるだろう。面白いことを考えるものだなぁ、と思う。
それ以外にも興味深い話はてんこ盛りなのだが、とにかく発想が若々しくて素敵だ。頑張れば著者のように、99歳になっても脳の衰えを感じさせない生き方が出来るのだなぁと、内容そのものではない部分についても興味を抱かせる作品だ。僕らが生きている間に、本書に描かれているような現実が到来するのかは分からないが、<超知能>が「ガイア理論」を受け入れるのかどうか、正解を知りたいものだなと思う。
『ノヴァセン <超知能>が地球を更新する』NHK出版
ジェームズ・ラヴロック/著 藤原朝子、松島倫明/翻訳