2021/12/14
金杉由美 図書室司書
『遅番にやらせとけ 書店員の逆襲』KADOKAWA
キタハラ/著 山本さほ/イラスト
『遅番にやらせとけ』
なんとも絶妙な。書店員なら誰でも「ああ…」とニヤニヤもしくはイライラしながら、うなずかざるを得ないタイトル。
職業に貴賤はなくても、書店において「早番」と「遅番」のヒエラルキーは確実に存在する。
書店を舞台にした小説やコミックはよくベストセラーになるけれど、それって書店員がついつい気になって平台の目立つ位置に優先して積むから、そして自分もついつい社割で買うからでは?…と以前から疑っている。
だって、普通の人がそんなに興味を持つような業界だとは思えない。地味だろ。
それにもかかわらず話題になりがちなのは怪しい。
本書もタイトルの時点で全国の書店員の心をガッツリつかんで平台に場所を獲得したに違いないのだ。かくいう私もうっかり気になった。気になったら負けなのです。
本書は、三軒茶屋の爽快堂書店で夕方以降に働くアルバイトたちの物語。
いろいろな理由で集まったバイト君たちだけど、まあまあ、どいつもこいつも弛んでいる。
緊張感なくて仕事もサボりがちだし、職場を暇つぶしのたまり場だと勘違いしてるし、商品知識もない。一番の古株で中年のフリーター庄野さんも、商品知識はあるのにやる気はない。
遅番たちに「なんであんな年でバイトなんかやってんの?」と侮られ、早番の阿川さんにいつもダメ出しされている。
本屋なめんな!と言いたくなるけれど、実際問題、「楽そうだから」と思って入ってきて「意外と力仕事」なので辞めていくケースはかなり多い。逆に「クリエイティブな仕事」だと勘違いして入ってきて「基本的に単なる肉体労働」なので辞めていくケースも多かったりする。
だから爽快堂書店の遅番たちも勤務を続けているだけで比較的ましな人材なのだ。
そんなハードルの低い遅番たちの日常にもそれなりの事件は起きる。
「万引き」だとか「癖の強いお客様」だとか「サイン会」だとか。
書店員ならこれらの単語を聞いただけで脳内にいくつものドラマが繰り広げられるはず。
例えば…
万引きしたかも知れない中学生を追って走り始める庄野さん。
それを更に追って数珠つながりに走る遅番メンバーたち。
危ない!
万引きだっていう確証はあるのか!
みんなで追いかけちゃったら店はどうなるんだ!
その昔、万引き犯を捕まえたら実はそれは買った本を持って店外に出ただけのお客様で、その本で殴られ眉間を割った書店員を見たことがある。
その昔、一人で店番してたのに万引き犯を追いかけてっちゃってしかも取り逃して肩を落として店に戻ってきた書店員に、お客様たちが「言ってくれれば追いかけたのに…」と口々に慰めるのを見たこともある。
全編どのエピソードもそんな走馬灯を脳内でグルングルン回しながら手に汗を握って読んだので実に疲れた。そして最後には泣けた。
副題でも謳われている通り、書店員の密かな、密やかすぎるほど密やかな逆襲が遂行されるのだ。
伏線が回収され謎が解け、閉店し開店し、本屋の日常は続く。
早番がいて遅番がいて、それぞれの事情があってそれぞれの思いがあって、日常は続く。
日常が続くこと、それが大切。
本屋ってドラマティック。地味だけど。
百年後も本屋がありますように。
今日も一日、お疲れ様でした。
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『拝啓、本が売れません』 文藝春秋
額賀澪/著
これもまた心に響きすぎるタイトル。響きすぎて心も胃も痛い。
「身もふたもない書名選手権大会」などというものが開催されたらぜひ推したい。
右肩下がりっぱなしの出版業界で何とか本を売るためにがんばっている人々を作家が取材するルポルタージュ。
そうなのよ、売れないのよ。
そりゃプルーフ読んだら褒めどころ探して何としてでも褒めるわよ。それが書店員の芸なのよ。だてにPOP描いて食ってるわけじゃないのよ。
『遅番にやらせとけ 書店員の逆襲』KADOKAWA
キタハラ/著 山本さほ/イラスト